電話の後の母…

今、献立を立てられないから…という理由で、
母に夕食だけ作ってもらっている私…

昨日、色々言った後、私は気にしてなかったけど、
母は気にしていたようだった

昨日は呼び鈴だけ鳴らし、
何も言わずに我が家へ入ってくると、
そそくさと帰ろうとする…

洗濯物も、
普段だったら積んであると、
畳んで帰る母だったけど、
昨日は横目でチラリ

本当にさっさと帰って行った…


後味悪いなぁ…


そういう母だから仕方ないかぁ…


リフレッシュして寝ようと思ったら、
娘たちのケンカに巻き込まれ、
ヨガだけやってみたけれど、
眠れず、
ビール飲みながら
「BONES」を観てしまった

アルコールの入ったヒアリングだったけれど、
こういう時こういう単語使うんだ~
といい気分で勉強してしまった

チョット飲みすぎで、
今朝は頭の痛い私…(//>ω<)


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他人の家?

『他人の家』と母が言う。
我が家のことを… 

嫁に行ったら名字も変わるし、自分の家族ではない…?

それはいつの時代の話だろう…

母が我が家に来ると必ずと言っていいほど、言う言葉。
悲しい、淋しいよ…
私は他人なの? 

でも、それは、母の言い訳
自分を正当化する言い方。つまり、自分の守りに入ってるんだよね。

最初は私は思ったよ。
「この人絶対ヘルパーの仕事できないわ~」
って。

だって、本当に余所の家行って、
台所仕事、冷蔵庫だって探す、お風呂入るために入浴室だって入る…
それを、「余所の家だからわからない」は通用しない。
ないものは、そこで何ができるか考えて、ミッションを終えなくてはならない。

私の経験上大変だったのは、認知症の奥さんをご主人の病院へ連れて行くこと。
その時に、お財布がなくて、事務所に
「お財布が見つからないので、仕事時間が長引くかもしれない」
と予め連絡しておいたけど(時間内に仕事を終えなくてはならない)
探せど探せど見つからない…最後は笑ったよ… 

おばあさんの座っている座布団の下に置いてあった! 

あと、使ったことのない湯沸かし器で入浴させなくてはいけなかった時、
これは使い方がわからなくて、事務所の人に来てもらった。

その後、同じ湯沸かし器を使っている人のお家に入浴介助で入ることになった時は、
同行訪問で、ガスの付け方練習した。

だから、わからなくったっていいじゃん
聞けばいいじゃん
自分を正当化することがそんなに大切?
あなたの言葉で、娘は傷ついておるのだよ。 

「余所」をそこで使うかな?
わからないことは恥ずかしいことじゃないのに…
それに理由はいらないんだよ。
「何で?」
って聞かれなかったら…

またそうやって私を突き放すんだ。

でも、それを母に変えてもらうわけにはいかないから、
私が変わるしかないけれど… 

ちょっとグロく叫びさせていただきます!

私は突き放されると、

悲しい、淋しい、つらい~~~~~、

ちょームカつく~~~~~~~~~ 

何のために私は生まれてきたんじゃ~~~~~~~~ 

きっと、これからも同じ気持ちになるだろう…
でも、「よその家」=母は何かを守っていて、自分を正当化しているのだ
ということには変わりない。

私が、言われても気にしないようになれるまで、
時間はかかるかもしれないけど、
自分の気持ちとその分、向き合う。

チャイルド、キミたちは泣いてもいい、怒ってもいい…
自分たちの気持ちにフタをするのはやめよう!
外に出そう…
答えを探していれば、今見つからなくても、必ず見つかるから、
それまでmercyと手を繋ごう…
辛かったら、mercyがギュっとするよ。
悲しかったら、mercyが頭を撫でるから、やさしく、やさしく… 



病気の時の私に対して母は…

コレは母から聞いた、私の乳児期の話。
私がばね指になったときに、今は手術しなくても治るのだそうだけど、
私はその小さい体で全身麻酔で手術を受けたそう…

全身麻酔の時は、術後口に入れられるものが決まっている。
母は、「知らなかった」「聞いてない」と言うけれど、
昔でも必ず手術について、術後の過ごし方などの話は聞いているはず…

母は、私が「お腹空いた」と泣き叫ぶので、
私が満足するまで重湯を食べさせたのだそうだ。

そして、そのあと、私は全部出してしまい、大変だったとか…

「今はそういう方法があるのね」と母は言うけれど…それは昔からあったのではないの?と思う。
↑私が全身麻酔で成人になって手術を受けた時のこと

私は病気が結構多かったので、救急車のお世話になることもしょっちゅうあった。
内膜症の痛みで、救急車に乗った時の母は、私がびっくりするほどパニックだった。
痛みでうめき声をあげている私に、
「保険証はどこ?」と私のカバンの中をぐちゃぐちゃかき混ぜる。
救急隊の方が、
「お母さん、保険証はいつでもいいんですよ」
と言って下さったから落ち着いた。
今まで、祖父母が救急車で何度も運ばれているのに…

その後入院した時も退院の許可が出たら、
「原因も解らずに返すの?」「ちゃんと聞いてきなさい」と怒られた。

手術した時も、「お店があるからしばらく迎えに行けないから、入院してて」と言われた。
お見舞いに来てくれたのは姉だった。↑この時定年退職した父と居酒屋をやっていた。

一番未だにわからないのは、なぜ離婚した時に実家に帰してもらえずに、
姉のマンションに居なくてはいけなかったのか…
丁度食事がのどに通らない状態で、チーズの臭いが半端なく気持ち悪かった。
でも、姉のマンションでは、キッチンの前の和室に寝ていたので、
においが漂ってくる。
それで耐えられなくなって、母に訴えたら、実家に戻してくれたのだった…

不妊治療もあたかにも自分が受けているように、
事細かに電話で叔母に話していたこと…

それらが、病気としてとらえることが出来たら、
なんとなく母がそうなってもおかしくないように思う…

ある病院で同じ先生に診てもらっていた時のこと、
医師に
「お母さん、あの状態だと(自分の病気についてこだわる、白黒つけたがる)先生に嫌われるなぁ」
ちょっと気をつけるようにって言われたこともあったっけ…

今日はここまで…



叔母のトラウマ

今日は、内容が違うので、2回のブログにしたいと思う(書けたらね)。

最近、どの程度だったかわからないけど、叔母がうつ状態になった。
その前からちょこちょこ体調を崩していたけれど、娘が結婚し、孫もできて、喜んでいた。
以前は、近い親戚…とでもいうのだろうか、
私に2人の娘が出来て、孫のようにかわいがってくれて、
娘たちの画像を携帯の待ち受けにしていたほど…

母から話を聞いて心配だった
私は、なぜ叔母の所に生まれなかったのだろう…と思ったこともあったから…
保育士だった叔母は、義両親と生活しながらも、子どもに対する接し方が違っていた。
私に対してもそうだ。
イトコ(娘)が本当にしてはいけない時に叱る。
私は叱られたことはなかった。

叔母にメールをしてみた。
始まりは、『母から聞いてしまったから…』メールをしたこと。『おばちゃんは、私の2番目のお母さんだと思っているから…』と私の正直な気持ちも書いた。

眠れないと眠れないこと自体が不安になってしまうから、お薬に頼ってもいいし、寝ることを諦めて好きなことをするのもいいよ…とか私が工夫していることなどを書いた。

すると、母に私がメールを送ったことを叔母は話したらしい。
こういうところで何も知らない自分が嫌なんだろうね
私にどんなメールを書いたのか内容のチェックに入った。

私はこんなことを書いたと簡単に母に説明をした。

叔母は、トラウマがあるから今回もパニックになったそう…

でも、母はなんで叔母がトラウマになったのか、トラウマという言葉自体理解していない…

叔母が産後しばらくしてから、眠れなくて産婦人科を受診した時に、医師にきつい言い方をされたようだ。その後、つらくて大学病院へ母が付き添ったらしい。母は、それが何でトラウマになるのか分からないと言う。

まだ、その頃、産後うつとか、育児ノイローゼとか、言葉がなかった気がするから…(今でも産後の母親にきつい言い方をする人もいるけどね)、私は叔母が不安定な時に、キツイ言い方をされて、今回の病気の時も同じようなことがあって眠れなくなってしまって、眠れないことに不安を感じたのではないかと思った。

私は、とりあえず、そうかも…って言う視点で母に話をしてみたけれど、母の中ではもう答えは決まっていて、「うつになったのは、とにかく今回の検査結果が良性と悪性の間だからよ」と…

答えが決まってんだったら、聞くなよ!

どこかで小さい声が私の心に響いた。

あぁ~、まただよ!

って、声も…

本人(叔母)が一番わかっていて、わかってないかもしれないけど…

私は自分が癌の告知を受けたことはないから、その人の本当の気持ちまでは理解できていないかもしれない。でも、相当ショックだと思う。私だったら、医師の話を聞くよりも、自分の体を自分で支えているだけで精一杯だと思う。

けれど、それが以前の記憶を呼び起こすぐらい辛かったのなら、やっぱり叔母の言うように医師に対する、または辛かった時の何かに対するSOSがトラウマとして出てきたのではないかと思うのだけど、それは姉妹だからなのか、母は簡単な言い方をしていた。

私だって、乳がん検診で再検査通知が来た時は、最悪のことを考えた。
結局経過観察だけど…
再検査用紙が来て、結果がわかるまでは、子どもをどうしよう…ばっかり考えていた…

ここで母に言えない、言ってもわかってもらえないから、たまってたことを吐き出してしまいますよ~

もう少し、相手に寄り添って話を聞こうぜ!
あなたの考えが全てではないのだ!

スッキリいたしました… 朝からごめんなさい


私のせいじゃない

梅雨明け前から急に暑くなった

今年の夏休みの最後の土曜日は、2人のバレエの発表会
長女は2回目、次女は始めたばかりでいきなり発表会

幼稚園組の次女はもう踊る予定の4種類の踊りを全て練習し始めているけれど、長女は1つずつ増えていく感じ…
長女のバレエの練習が日曜に2時間あった。隣の市立図書館で本を借りていたので、この日に自転車でほぼ1駅だけど、足を延ばして本を返すついでに、そこでランチもすることになった

長女と私は自転車、夫と次女は電車を使った
行きは良かったけど、帰りはかなり暑かった
長女は真っ赤な顔をして自転車をこいでいたので、何度も日陰で休憩を取って水分補給させていた

翌日は、知人の子どものバレエのおさらい会なので、観に行って夜の部全部観てしまった
この晩は、寝るのが遅くなってしまった。

その翌日、長女は熱を出した
私たちは外出していたので、父に迎えに来てもらった
私はまたあの緊張感がやってくるのを感じた…
 
 私のせいだ。私が日曜日にバレエを練習した長女を暑い中、2駅分自転車で走らせてしまったから…
       
 待って!本当に私が悪いの?子どもの病気は母親のせい?
 病気はなるときはなるのだし、私のせいじゃない


カウンセリングで子どもが病気の時に自分を責めてしまう(母が責めるから)。それで自信を無くし、完璧に看護し、完璧な母親にならなくてはいけないと自分で頑張り続けてしまう。それで私が自滅する悪循環。そこから抜け出すには、本当に私が悪いか考えてみよう。今回は悪い方にどんどん行かずに、思いとどまれた

でも、電話で散々母に言われた。
「何で暑い日に自転車で出かけたのよ、暑いんだからダメよ!」「アンタのところ、エアコンつけてるでしょ?お母さん、アンタの所にいて、寒かったんだけど、そういうの良くないんじゃないの?」→私が悪いって言ってるよね…

私はまた自分に、「あなたは悪くない。病気になるときはなるのだから」と言い聞かせた。

翌日、長女の熱は少し下がったが、また電話で母に言われた。
「アンタさ、〇〇ちゃんに(長女の名前)袖のない服着せたまま寝かせてたでしょ?風邪ひいてる時は長袖の服着せないといけないと思うけど…」「本人が病院に行きたくないって言うんじゃ、しょうがないわねー」「暑いんだから、幼稚園は車で行ってもらいなさい」などなど、聞き流したけど、よくここまで色々注意できること、そっちに拍手送りたいわ~。

でも、弾丸のように言われてさすがにまだ私自身を自己肯定できないもんだから、夫に電話して、「ごめん、母にこーゆーこと言われたんだけど、私、悪くないよね?」と確認した

夫は、「悪くないよ。この暑さなんだからしょうがない!」「何か言われても勝手に言わしとき」と言ってくれたので、安心して電話を切って、私は悪くないと自分に言い続けた

考えてみたら変なんだよね
子どもが体調崩したら私のせいと言う母。私が体調悪くしても、持病を持った時も母は母自身を責めず、それらも私のせいだと言い放ったのだから…。ま、つまりぜーんぶ私のせいにしたいんだよね。あなたの言ってることが、どれだけ娘を追い詰めて体調崩させているのも知らず…

以前の私だったら母の言ったこと、真に受けてとても自分を責めて体調崩していたと思うけど、今はそう簡単に流されないからね~
それよりも、長女の体調が早く回復しますように…

安芸から2015

高知の知人から送られてきたブドウとマンゴー、これで長女が風治りますように。次女が風邪ひきませんように…