みんな違ってみんないい

昨晩、ブログの更新ができなかったら、
夜眠れなくて、
私、書きたいことを書かないと寝られないかも… 
と思ったりして… 

でも夜書くと、
感情が入りすぎてるから嫌なのじゃ… 

今晩も眠れなくなってしまったら嫌なので、
連投じゃ~ 

最近、長女のバレエで『一人っ子は自分で考えない』
という話題が出ていたので、
そういうもんかな~ 
と思っていた

でも、子ども1人だと、
親も手を出しやすいかも…ね

私は2人いても手を出したり、
先回りしてたからなぁ~ 

靴を履いたり、着替えは何も言わず見守ってるんだけど…
悪い母ちゃんの見本だったなぁ~

幼稚園は私が全部用意していたし、
うつになるまでは手を出さなくていいところまで、
出していたんだと思う

でもね、うつになって思うんだ
今は以前のようにやってあげるのは無理
できませんよ~って寝ていると…
自分たちで考えてやるようになった!! 

水筒に水を入れて遊びに行く…とか、
学校の準備も自分でやっている娘たち
当たり前のことなんだろうけど…

私が決めているのは
ウチは学校に近いけど、
忘れ物をしても届けないこと

他のママは届けに行ってるけど、
私は行かない
忘れないようにどうしたらいいか、工夫してほしいから…

次女は語彙が少なくて、
単語の説明から入るから、
話が長くなる… 

それは私が先回りして単語をポンと言っていたからだ
長女はそこから覚えてくれたけど、
次女はフィーリングを大事にしてるようで、
腑に落ちないと覚えられないタイプのよう…

次女には先回りして単語を言わない
それが何なのか考えてもらって、
説明もしてもらうんだけど、
これがまた私の気分的に辛い時は全然わからない 
時々バトルしながらやりとりをしている…

聞く方も大変だけど、
話す方も何回も説明を求められたらイライラするもんね 

あんまりわからないと、
長女にヘルプを出してみたりするんだけど…

読書家の長女は、まだ説明が下手な部分もあるけど、
本やTVから色んな単語を吸収している…

次女は長女より本を読むわけではないけれど、
それなりに読んでいる…
読み聞かせが少なかったからかな…なんて思ったこともあったけど、
次女には次女のペースがあるだろうし、
私がそれを崩すよりは、
自分のペースで覚えていった方がいい気がしている

でもさ、子育てに正解はないから…
やってみてダメだったら他の方向へ変えるか、
気づいた時に良いと思った方法に切り替えるとかすればいいよね 

良いことが自分の子どもに合っているかわからないもんね~ 

ダメと気づいてるのになかなか方向を変えられない…
自分を変えられないと一緒かな…

いつまでも同じ方向にこだわるのは、
自分がその方向を本心から変えたいと思ってないから…
同じやり方を続けた方が自分がラクだからね
その方法に慣れちゃってるから…

でも、それってどうなのかな…
立ち止まる余裕があったら考えてほしい

あなたは子どもがいたらどう育ってほしい?

私は基本、健康だったらOKだと思っている
心身とも健康であれば… 

あとはその場その場の対応かな…

先回りしすぎても、手を出し過ぎても
我が子に愛情があることは変わらない…

でもさ、気づいてるなら対応変えようよ…
言ってるだけじゃなくて…
と話を聞きながら思ったんだ…

ただそんだけの話なんだけどね、
何だか急に書きたくなったの
それも昨日…(笑)



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I'm proud of my father

昨日次女が、
「ママはいつもかえちゃんと出かけてズルイ!」
「ママはかえっちゃんとは長く話すけど、
 ゆっちゃんとは長く話してくれない…」
「次にエバリーのコンサートは、ゆっちゃんと行って、かえっちゃんは連れてかないで!」
など、実家でわがままちゃんを言っていた 

エバリーは小学校に来てくれた人たちで、
次女は私の姉か母と行く予定にしていた(私が体調悪かったので)
でも、チケットは既に完売していて、取れなかった 

私は今月のコンサートは、サロン形式ではあるけれど、
朗読もあるので長女を誘ったら、
行くというので、2枚のチケットを取った 

次女は大人しく座って聞いてられないことなどから、
サロン形式でない時、
近くのホールまで来たら行こうと約束していた

磯子のバレエの時も次女は座って観ていられないからと、連れて行かなかった
(その間横浜でジャイアンと遊んでいたけど…)

それだけじゃないんだろうな、
行きたくて行っているわけではない学童や、
学校の友達のことで悩んだりしているようで、
ストレスをぶつけてきたのかもしれない 

次女は姉に
「かえっちゃんは行かないで!は意地悪だよ」
と注意された

私も「次に近くのホールに来た時に観に行けるようにするからね」
と言ったのだけど、納得できないようだった

次女が大人しく座って観ていられないことなどを説明すると、
父が間に入ってきた

「ママとかえっちゃんは、今回のコンサートは初めてじゃないの?」
父の質問に次女は頷いた

「次はママが一緒に行こうねって言ってるんだから、
 それでいいじゃないの。
 今回は我慢しよう…それはできないの?」
次女は口を一本文字にしたまま動かない
「次にチケット取ってあげるって言ってるんだから、
 今回は我慢しよう、ね、ゆっちゃんなら我慢できるね、
 じいじそう思うよ」
次女は、泣きながらうんと頷いた

父は私に
「子どもが大人しく見ていられるかは大人の都合なんだよ。
 行けるか、行けないか…子どもにとってはそれだけだからさ…」
と私に言ってくれた

そうだ、考えてみれば私の都合、私の都合でバレエはやめてもらったんだった
「ママは集中してみたい、今回は我慢してほしい」
私の本音だった
だから、大人しく見ていられる長女と行ったのだった(長女は行くと言ったので)

昨日は色々あったのだよ…
父の後部座席から降りようと思って、
私は次女の次に降りようと体をかがめたら、
次女に思いっきりドアを閉められて、
私は車の窓に頭を強打して、じいじに叱られていた次女…

じいじが叱っていたから、私は何も言わなかったけど、
漫画で星が飛ぶのってこういうことなんだなぁ…と思ったりして…マジ痛かった… 

でもやっぱり、
「ママと一緒に行くけどかえっちゃんは行かないで…」
という次女… 

それは、長女を目の前にそう言っていたので、
姉から
「それは意地悪って言ったばかりだよ。
 言うんなら、相手がいないときにママに内緒話しなよ。
 オバチャンがゆっちゃんの前で同じ事言っていい?
 かえっちゃんが言っていい気持ちする?
 お友達もお家の人も一緒、そういう言い方はやめようね」
次女は頷いた…

きょうだいのいる家庭で、きょうだいと母親が均等に接することが出来るか…
それは無理だ…(カウンセリングでも言われたけど)
多少どちらかに傾き、
それを修正するために、
どちらかといる時間を工夫して作っているのだ…

ただ、コンサートのことは確かに大人の都合
私が子どもの頃はそんなこと言わなかった父だけど、
色々思うとこあったのかなぁ…

でも、そんな父の娘である自分を誇りに思う…



次女よ、ママとはいろんなところに出かけているではないか…
長女も微妙な時期に入ってきたから、
ママは話を聞いてあげたいのだよ

それは次女と過ごす時間を短くするつもりはないのだよ… 


思春期の娘と併せて考える…

ジャイアンは、おかまとか、ニューハーフが嫌いだ!
男としてそこどうなの?
って気持ちは多少わかるけど、
今は性同一性障害という言葉もあるくらい…

私は一人の人間として見ているから、
不快でも何でもないけど、
ジャイアンは「どーせ、かまでしょ」
とか、
最近美容整形のCMを見た時も、
「とうとう、こんなかまにお金出すようになったか…」
と言った

聞いてて私は不快だった… 
自分が自分の性に対して疑問を持って長い間悩んでいたのに、
簡単な一言で終えてしまうのか…

物事に対してどうとらえるかは、
その人次第だから、
私がどうこう言える立場ではないし、
思うこと、感じることは自由だ…

でも、私は許せなかった… 

どれだけ彼女(彼)が苦労をしてきたか、
話をしているのを聞いたことがあるし、
今だって起業もしているくらい頑張っている…

だから、ジャイアンに言ったんだ

「そうかな、性同一性障害という立派な病気だよ。」

自分の娘が同じようになったら、
私はどう対応するかわからない…
その時考える…

思春期に入った長女は自分の体の変化に敏感で、
他のみんなと違う早い速さで進んでいることに、
多少不安を抱えている… 

彼女がそれを口に出す分、
私は救われているけど、
どれだけ不安なんだろうな…

私も当時、不安で、
家族以外でお風呂に入るのがイヤだった…
けど、小6の時に祖母の知人の孫娘(私と同じ年)と同じお風呂に入った
温泉だったからね…
彼女の体を見て、
自分の体が嫌だった 
もう、子どもの体でなくなってきていたから…
でも、そんなの気にしないって顔して、
恋バナなんかしてたなぁ…

女の子は不安なんだよ
体の変化に…

それが性同一性障害の人々はどうなのだろう…
親にも友達にも言えず悩んだはず…
自分は変だとも思ったと思うし、
自分自身を否定したかもしれない…

そうそう、
長女の不安に寄り添えていないかもしれないから、
長女に重点置きながら、
次女を見る方向へ、少しシフトするかなぁ~

人はこの世に存在しただけで、
素晴らしい存在…

長女には自分を好きになること、大切にすることを教えたいんだ…
自分の感じることを大切にすること…

彼女は自分で気づいていないけど、
どれだけ周りに頼りにされ、
その優しさに惹かれている男子が多いか…
(そやつは見る目あるね)
女子にも好かれているか…

人に譲ることを覚えた長女は、
相手を気遣うことを覚え、
実行している…
仲良しさんと遊べなくて、
1人になってしまうお友達に声を掛けられる時は一緒に遊ぶんだと… 

時々、私が余計な使命を与えるけど、
嫌がらずやってくれる…
「ありがとね」感謝を伝えている…
(バレエで1人になってしまう子に声を掛けるようお願いしてるのだ)

そういう素敵なところと一緒に、
自分の変化を受け入れることが出来るよう、
私は見守り隊 

ぎゅ

最近次女の接し方に悩んでいたので、
本当は今日カウンセリングで相談してこようと思っていた 

でも、あまりにも私にとって傷つく言い方をするので、
次女にだけきつくなるような気はしたけれど、
私にとって今そういう言い方をされると困る…ということを告げてきた

最後は必ずといって泣く次女 
いつもは泣くと最後は抱きしめてきたけど、
自業自得じゃ~と思って放っておいたこともある…

昨日、初めてなんで次女がここまで私に言って来るのかわかった 
甘えたいのだ
あ、それはね、分かっていたの 

でも甘え方の問題なんだよね 

長女にもリサーチした私…
「ゆっちゃん、何でああいう言い方するんだろう…」
長女は
「自分が正しいと思ってるからじゃん」
って言っていた…

でも、昨日色々話しているうちに、

ん? 

これは私の問題でなくて次女自身の問題じゃない?

と思った。

だから私は言ったんだ。

ねぇ、本当はさ、学童から帰ってきてママに色々言いたいんじゃなくて…
本当はママにぎゅうってしたいんじゃないの?
ママの近くに居たいんじゃないの?
ママに触りたいんじゃないの?

って(普通に聞いてたら変な親だよね)…

次女、泣く(その前から泣いてたけど) 

そっか、この子は建前並べてるけど、本当は私にただぎゅうってしたいだけなんだ…
気づいたけど、長女より素直じゃないわ~
素直な子だと思っていたけど…
コロコロ変る彼女の感情…と思っていたのは、
その場の状況に合わせようと小さい次女は頑張っていたんだ 


次女は、感情豊かだから(同情して泣ける子)、
いっぱい泣いた。

ぎゅうしなくていいの?

私が聞いた時も頭を振った。

本当に良いの?

もう一回聞いた。

チョット待って、お鼻拭いてくる…

そして次女はぎゅうって私にしにやってきた
そうしたら、長女も割り込んできた~~~~

次女の気が済むだけ抱きしめた。
どのくらいの時間だったかな~

でも、コレが必要だったんだね。
今の次女にはコレが必要だったんだね。 

言葉の裏に隠れている本当の気持ち、
今日は受けとめられたよ。 

私、お利口! 
チャイルドもご機嫌 

育自

以前お世話になった家庭支援センターのセンター長が、
月一回発行される表紙に書いていた言葉 

「育児」とは「育自」
子どもを育てながら、自分も成長していくこと。
子どもを育てて自分も成長させてもらっているのだと…

私は、アダルトチルドレンで嘔吐恐怖症とうつ病を抱える母親
しかも私の母は、過干渉と放置を繰り返す親だった 

愛情って何? 
大切にすることでもいいかな 
大事にすることでもいいかな 

多分は母は、自分の嫁としての仕事を全うすることに一生懸命で、
私のことが目に入らなかったんだと思う 

だから、何で?と思うほど過干渉になり 
急に突き放されて、え?と思う…  
それの繰り返し…

でも、そうやって育ってきてしまったから、子どもに対する愛情って何?
私は子どもを愛せているの?
…と不安になる 

多分、子育てに力を注げば注ぐほど、不安になるのだ 

これでいいのか…
私は正解を歩いてるの?不正解を歩いてるの? 

でも、人生に正解も不正解もないのだ。
全て自分で選択して決めているから… 
私にとって悪く言えば自己責任だ…

誰も悪くない…私は自分で「生きること」を選択した時に、
そうしないと生きて来られない環境いただけだ。
それが、今ひずみとして表れている… 

母と同じように過干渉になったり、放置していないか…不安…

カウンセラーに何度も言われた
「あなたがやるしかないの。苦しいのは分かるけど、踏ん張って子どもたちを守って…」
という言葉。

何でそんなこと言われなきゃいけないの?
だって、辛いんだもん。辛くて生きてるのがやっとなんだもん。
私とチャイルドが同調して言っていたっけ…  

結局、もう私は腑に落ちないけど動くしかないと決めた次女の学童入所。

長女の担任の先生にも、
「習い事増やすのは良いけど、Mapleさんの負担にならないようにね」
と言われた。

「ママ言ってること違うじゃん」「何ですぐ忘れるの?」
2番目は私が母に言っていた言葉だ…
今は病気だから覚えられないの、ごめんね…と伝えている…
私自身、葛藤が強い、どっちを選ぶか、決断に時間がかかる(うつの特性でもある)…
私自身のことなら間違ってもいい、でも子どものことは間違っていたらいけない気がする…

でも、そうじゃないよね。
子どもだって子育ての違いに気がついたら方向転換すればいい
またスタートに戻ったっていい。
それに、大きくなれば私が選択するのではなく、本人が選択していくのだ。

その時にこっちが正しいよ…と無理に手を引っ張るより、
「とりあえず行ってみたら…」と冒険させることも必要だろう…

手を抜くのではない、
躾けは手を出す、口を出すだけではなく、子どもから目をそらさないこと…
そう教わって来たのに…情けない…

力を入れすぎない、リラックス…呼吸法だね。

頭がグルグルしたら、スタートに戻ろう。立ち止まろう…

昨日、身体的に辛かった私、
でも次女が頑張って泳いでる姿を見たら、涙が出るほどかわいらしかった… 
彼女なりに小さい体で頑張っている… 

長女も私の話を聞いてくれるようになった。
自分で色々考えて行動するところは、尊敬してしまうくらいだ 

私は、そんな子どもたちにどうしたいの?
私はどうありたいの?
今は自分に聞いてみることはそれだ。

ブログを書きながらそう思った…