少しずつ…

最近、TVなどで「母が重い」などという言葉を聞く。
出産した後、なぜこんなに実母が娘に触れるのが嫌なのか、実母との関係が不安定になっていくのかわからず、ネットに正直に書いたら、「なんて、親不孝な娘なの!」「誰に育ててきてもらったと思っているの?」などと、たたかれた。当たり前だと思ったけど、自分のこの気持ちが何なのかわかるまで、随分模索した。

育児相談とGWで、初めて私だけが苦しんでいるわけでないこと、私の感じていたことは親不孝じゃなくて、私と同じように感じている人がいて、私の育った環境からそのように私が思うことはおかしいことではないことが、わかった。

でも、私はそんなにひどい環境じゃないから…と自分が自分の育った環境にに甘えているだけじゃないのかと、自分を責めた。

今、「母が重い」が取り上げられて、カウンセリングにも行って、私が感じてることは変じゃない。私の正直な気持ちだと認めることができるようになった。

でも、母だけではない。父にも私はつらい気持ちを抱えていたのに、それを正当化させようとして、カウンセラーが言ってることに「?」、別に私辛くないよって思うことがあった。

実際は違っていた。入口は小さかったけど、父は冷たく、自分勝手な人間だ。そう思った。
私を一人の人間として扱ってくれる父だと思っていたけど、それは、私には(特に低年齢の時は)きつかった。冷たい人間だと感じた。

自分の趣味(テニス)に私を連れて行っても、私は、球ひろいか、何か面白もの探し。家に帰りたくても、テニスが終了しなければ帰れない。帰りたいと言ったら怒られるから、我慢して黙っている。父に連れて行かれる時は(母に連れて行けと言われるのだが)、じっと我慢。テニス仲間のおばさんに「お父さんに似てかわいいわね。」と言われればお愛想笑い。

挨拶も厳しかった。テニス仲間や、父の会社に寄って帰宅しなければならないときは恐怖だ。「声が小さい」「何言ってるか聞こえない」「もっと大きい声が出るんだから、大きい声を出しなさい」。電話でミスれば、こてんぱんにやられる。今度電話に出ないようにすると、無理に電話に出そうとする。逃げ場はいつもふさがれる。

母もまだ許せない。今は、父に対しての怒りの感情が私の心の中に棲みついている。姉に対しても…

以前なら、その気持ちにフタをして、自分の心の奥に追いやっていた。でも、こう感じるのは悪いことじゃない。私にとってはあの環境で育ったら、そう思っても当たり前だし、正直な気持ちだ。

絶対的な存在だった両親、姉を嫌うことなんてできない。だから、自分の本当の気持ちを吐き出したとき、たくさん涙が出た。辛かった。でも、もういい関係を築こうとは今は思えない。一番嫌いな人間たちの集まりだ。

さぁ、これからどうなるんだろう。本当の気持ちに気づいちゃったもんねー(^_^;)

ただ、私に安全基地があること、それだけが救い。今、すっごい辛いけど、もっと辛いことも待っているだろうけど、負けない。自分のために。私の家族のために。
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飛行機

何だか不安の、漠然とした不安のような、理由のわからない不安は、飛行機に対する不安のようです。

カウンセリングで、飛行機に対する悪いイメージが次々と出てくる。

先生に指摘されたのは…小6の時、大叔父の娘夫婦がメキシコにいたので、一緒に行こうという話になった。私たち家族は大叔父の話を本気にしていて、私は小学校を休んでまでパスポートを取りに行き、ローマ字サインの練習もして取得した。

しかし、大叔父は酔っていたので冗談だったという。そこで、父に言われたのは、「一人でメキシコまで行ってきなさい」だった。私は、英語も習い始めたばっかりで、スペイン語なんて、「ありがとう」くらいしか覚えていない。

まぁ、今は海外旅行なんて安く行けるけど、当時ロスオリンピックの時、海外旅行なんて余程お金のある人しか行けない。私分しかお金を出せないから、一人で行って来い、CAに言っとけば、きちんと子どものケアもしてくれる…だったんだろう。

私は、そう思うことでなんて親だと思わなかったのか、今までの積み重ねで、「あーそうかい」と思ったのかわからないけど、ひとりで行くことに関しては思いっきり嫌がった。先生は、ここで海外に小6の子どもをよく一人で行かせようと親が考えると指摘。

結局、姉が一緒に行くことになったけど(1年遅れて)、メキシコでの国際電話には、いつも姉で、私は「いい」と父に言われ、淋しい思いをした。拒絶されたと思った。多分、国際電話が高いからっていう理由だと思うけど。

でも、姉にもCAがほとんど外人で(今はないけど、パンナム)、前の方から何か聞きに周ってくるので、寝ている姉を起こしたら、「チキンかビーフ」と聞いてるだけだから、それだけで起こすなと怒られた。

エアポケットに何回かはまって恐かった。

まぁ、色々飛行機にまつわり色々あるわけですよ。どうやら、それがいまの私の不安をあおっているらしい。
普通に飛行機に乗りたい…

何だか不安

このところ、ふと、不安になったりする

来月、飛行機やレンタカーに乗ったり、長女の乗り物酔いが気になって予期不安になってるの?

観戦席がうるさく何か言ってるのか、耳をすまそうとするけれど、よくわからない…


今、子どもたち2人が風邪をひいてる。来月初めまで延びたらどうしよう… 
義弟の結婚式に出られなくなっちゃう。ただでさえ、認知症の義母は薬の調整のため入院していて出られないかもしれないし、義妹はアルコールアレルギーだから披露宴には出られないし。ウチの子たちは、義弟の結婚式で指輪を持って行く大役だし…

結婚式の前日は新盆で、夫の実家にお坊さん来るから失礼があったらいけないし…

あぁ~、完全にしょっちゃってますよ。肩の荷降ろさなきゃ


それに、最近のカウンセリングで長女が私の小さい版になっちゃってることが、わかって、どう接するか悩んでるのもある

何かあった時に、パニックを起こして収拾がつかなくなる(怒りのやり場に困ったり、自分の感情を上手く外に吐き出せずにいる感じがする)。一つのことに対してのこだわりが強く、それが悪い作用へいくとパニックになる。がさつに見えるけど、本当はすごく繊細で、弱いこと。不安が強いこと。

全部私だ。

大丈夫だよって言ってあげたいな
心配しなくても大丈夫だよって言ってあげたいな
いっぱい褒めて、自信を持てるようになったらいいな

でも、今朝(たいてい毎日)、なかなか準備して学校に行こうとしないから、怒っちゃったけどね~
失敗してしまいました

次、行ってみよう…

食べられない

子どもたちが、幼稚園、小学校に入り、子どもどおしのつきあいはもちろん、親どうしもそれなりにおつきあいがある。

幼稚園にランチ会なんてあると知らなかった私。本当にウチの幼稚園は親の出番ないんだよね~と思ったら、ランチ会のお知らせ。

え!

長女が幼稚園に入ったら、幼稚園ママとうまくやってかなきゃいけない、とか仲良しのママ作らなきゃいけない…みたいに構えていた私。

ランチ会は出席するものの、食べ物に気を使ったり、お腹がゆるくなったり、なかなか大変でした。でも、それでも、長女の飲み会は大丈夫だったのだけど、次女になったら、飲み会もきつーい。

出なきゃいいじゃない。っていう選択肢もあるけれど、普段ゆっくり話ができないから、こういう時にママの顔と子どもの顔を覚えよう…と思って参加しているのだけど、「もう、飲まないの?」とか、「あんまり食べないんだね」と言われること多々アリ

子連れで行ってる時は、私が責任もって家まで連れて帰らなきゃいけないので、普段から飲む量はセーブしてるけど、気を使いまくって、私、大勢で集まった場では自分が面白い話をしなきゃいけない…みたいなのがあって、飲んだり、食べたりどころじゃないんだよね。

多分、周りに気を使うことで私は、私自身の均衡をとろうとしているんだろうけど、やっぱりこういうところで出ちゃうんだね。幼いころ自分がどう育ってきたか…

それでも、以前に比べたら言いたいこと言えてる方だし、チョット成長したかな?

居酒屋行くと、消えないのが嘔吐恐怖症の予期不安。酔ってる人見るだけで、つらい

普通に外で食べたり、飲んだりいつかできますように

許せない

私は、過去の自分にした家族のことを許すことはできない。まだ…なのか、今後もなのか。

先生には、ようやく今、あのときのお母さんが許せなかったと思えたのだから、その気持ちを大事にしなさいと言われた。

たぶん、すっごい批判されるだろう。親不孝だの。親の世話になって大人になったくせに…とか。

でも、『母という病』に私の言いたかったことはすべて書かれていると言っても過言でないくらい、本当に書かれている。

私は、ようやく一人で自分のレールをひこうとしている。自分で立とうとしている。

きっと、観戦者のみなさんはそんな私を否定しに、非難しにくるだろう…

私は、頑張った。声に気が付き、その声が私を苦しめていることに気が付いた。時々余裕があれば、観戦者たちが私に何か言ってきていないか、耳をすますことさえできるようになった。

今、私に大事なのは私の家族。自分に一生懸命で子どもたちの声、SOSのサインに気づかないでやり過ごしてしまうのではなく、SOSのサインに気が付いて、何もできなくても受けとめること。私が安全基地として、ただいること。

カウンセリングでちょっとした宿題や、先生があまりにも重い話なので、タイトル(認知行動療法の)を面白おかしくつけてくれるのが楽しい。私にとっての安全基地は、今のところカウンセリングとGWかな…


友達って…

小学校は、色んなところから集まるから、友達関係難しいかな…と思っていたけど、長女はいろいろありながら、自分で考えて、担任の先生に相談して、たまに私に話してくる。

それが、緊急性を感じる話ではなく、世間話みたいに出てくるので、そうなんだーと納得してみたり、えー?あの子がそんなことしてくるの?だったり、え?お友達にそんなことされるの?なんて驚く内容だったりする。

でも、長女は何かされて嫌な思いをしても、クラスメイトの行動を受けとめてそれなりに付き合ってるみたい。


次女も色々抱えている。一番大好きなお友達と遊んだり、お話ししたいようだ。でも、その要求が全然通らない。お友達は違うお友達に夢中らしい。

私は、友人関係で良い思い出があまりないから、2人に相談されたらどうしよう…と思ってしまう。

私は、母に友人関係を相談した時、「あなたが我慢しなさい」「あなたが我慢すれば上手くいくのよ」と我慢をずっとしてきた。そのおかげで、我慢し続けた結果、限界を超えて絶縁になった友人アリ。

母は、私が悪いと思っているから、相談しても無駄なんだけど。

子どもたちには、絶対我慢しなさいとか、(一方的に)あなたが悪いと言いたくない。

子どもたちにもそれぞれ原因はあるかもしれないから、それを考えることも一つだけど、方法は一つだけじゃなくて、色々あること。色々ある中から選ぶのは自分ってこと、伝えられたら、いいなぁ。

本との出会い

つい最近、本屋さんで見かけた本。『母という病』

パラパラと立ち読みしてみて、そのうち時間があったら読もう。と思って、『聞く力』を読んじゃわなきゃ…

でも、今自分自身と戦っている自分には、何だかその本を読んで、自分と向き合ってみるのもいいかも…と思った。

カウンセリング前に購入して、待ち時間に読み始めた。最初の何行かで涙がじわじわ湧いてきて、止まらなくなった。


今までは、私これだけ母に縛られて辛かったんです…みたいな本を読んでいたので、いやいや、私こんなに壮絶な人生じゃないし…と思って、自分はやっぱり人生に甘えてるだけなんじゃないか、また自分を責めたりした。

けど、今度の本は違っていた。
そう、私は母に愛されたかったの。私の方を向いてほしかったの。それが、ずーっと今も続いているから、常に完璧を求め、子育て中なのに自分の親に認めてもらおうとする、良い子を装って、母の機嫌を損ねないように話す。

ちょっと意見が違って、言い返すとあとでなんだこの自責感は…っていうくらいの後悔。

まだ読み始めたばかりだけど、何で私がこうなっちゃったか、カウンセリングだけでなく、本の文章から、納得できることがいっぱい。

過去の母にされてきたことを母に謝ってもらうことはできない。自分で、辛かった過去の自分と向き合い、母を憎まないで済むようになりたい。しょうがなかったんだって思えるようになりたい。ただそれだけの気持ちで、本と向き合っている。

そして、母のような私にならずに子育てしていけるように、自分をラクにしてあげたい。ただ、本当にそれだけ。

次女のこと

長女のことばっかり書いていたから、次女のこと

私もよくわかるんだけど、すっごい泣き虫さん。でも、やったら怒られるのにやらないと気がすまなくて、やっぱり怒られるところは、私ゆずりかも…

幼稚園では、以前は年少から一緒のお友達ばかりと遊んでいたけれど、今は色んな子の名前が出たり、男の子に「それダメだよ」って注意することが出来たり、毎朝泣いて先生にお願いしていた時より、すごく成長したと思う。

先生にも、工作が上手で早い。はさみの使い方が上手ですって言われて、あれだけ家で小さく紙を切りまくっていたら、上手になるだろうなぁと思う

今は、ひらがな覚え途中。わからないことは聞いてくるけど、頑張って絵本を読んでいるところ。

絵本の傾向をみると、『はじめてのおつかい』が好きみたい。ストーリー覚えているから、字もなんとなくわかりやすいのかな?

この前は、寝る前に怖い話したら、泣いちゃったけど。長女に比べて感情を我慢せずに表現するかな?長女は、我慢するよう育ててきちゃったのもあるから、一度泣き始めると時間がかかるんだよね。次女は、その点感情を解放したら、ケロッとしてるかな…

どんな小学生になるんだろうなぁ。

どうしても、毎日ガミガミ母さんだけど、褒めてあげたいなぁ。

安心した~

昨日、長女の大事な書類は出てきました。

どこから?

机の中から。

ん?

そこは、探したのでは?

長女にいわせると、私が書いた連絡帳を先生に渡した後、自分の机の中が何だか変だぞ!と思い、お道具箱を出してみたら、奥に入っていたと…

よかった~ 


本音は、物どけて探しなさいよ!こんだけ大事になっちゃって!って言いたいですけど、見つかったことと、それをちゃんと先生に自分で言いに行ったので、「よかったね」「先生に言いに行けてエライね」とトホホな気分で褒めたのでした。

連絡帳に先生が、お騒がせしましたと書いて下さったので、こちらもご心配おかけしましたと、新たに記入し、長女に持たせたのでした。

これで、物を探す時は、見るだけで「ない」ではなく、物をどかしてもないのかどうか…の学習になったかしら?

提出がだいぶ遅くなっちゃったけど、先生もそんな長女を叱らず、待っていてくださって、長女と一緒に大騒ぎしちゃった私は、まだまだちっちゃいなぁ…と思いました。だって、下手したら、長女に対するその態度は何なの?って、先生嫌いになっってしまっていたかもしれないし。(小・中と担任でいい思い出は一切ありません)

言いたいことだいぶ押さえて、このところ過ごしてきたから、ちょっと精神的に疲れた

言葉で伝えること

私は、子どもたちが自分でできることは、口を挟まず(言いたくなるけど)やらせてみたい。

まだ、本人が頑張れるのなら、やってみて、もう駄目だって時にサポートできるようになりたい、と思っている。

次女にも、できそうなことは「自分でやってごらん」とか、「先生に言ってみたら?」とかいう時がある。

長女は、今ちょうど物の説明を文章で書く練習中。相手に何か伝えることに対して、戸惑って何も言えないわけではない。
そう思って、長女に言わせてきたけれど、なかなか物事が先に進まない。

相手が何を考えて長女に言葉を言っているのか、表面的なものだけ受けとめてるのか、もっときちんと説明できることを望んでいるのか、私にはわからない。

でも、今日思ったのは、長女はやれるところまで頑張ってやってみた。それが、相手に説明が通じず、物事が先に進まない原因なのだとしたら、そろそろ親の出番かな。

言葉って難しいね。

伝えるって、自分がわかってるだけじゃなくて、相手に分かるように伝えるって大変だと、今でも思う。

長女は、今回のことで何を考え、学んだんだろう…

でも、よく頑張ってここまでやってこれたと思う。これ以上は、無理そうだから、ママやパパが頑張ってみるね。

あれだけパニックになっていた先週末。だけど、2日も頑張って伝えようと努力してみたことは、ママもパパも見ていたからね。よく頑張ったよ。

あなたの学校での出来事を聞くと、ママは本当に自分の子かしら…って思うほど、尊敬するところがいっぱいあるよ。
ママも一緒に成長できたらいいなぁ。いっぱい、褒めたいよ。