カチンコチン

まだ私、カチンコチンのままカウンセリング受けているようで、先生に「肩の力を抜きましょう」と言われる 先週から…

順番を待ってる間、肩や首が凝っていたから、ストレッチしたりしていたんだけど、ダメだったなぁ。でも、物心ついた時から、緊張した生活を毎日送ってきたのだから、ゆるゆるなのがわからないのかもなぁ…

母の話がだいぶ出た。何話していたか、そうそう、友人や彼氏を選ぶ時も母の影響が大きかったこと。

そうそう、初めて働いた老人ホームだって、専攻科長の先生は「介護福祉士にヘルパーの資格取りなさい…なんていう施設は勤めなくていいわよ。」って言われたけど、助手の先生に「あなただけよ。就職場所が決まってないのは…。特養に3年勤めたらヘルパーにしてくれるって言うんだから、決めちゃいなさい。」って言われて、いやいやながら決めたんだよね~。

そういえば、助手の先生、母みたいだったなぁ。

とにかく、カウンセリングで母の話をしてきて、やっぱり母の存在が大きくて、以前は観覧席で見ているだけだったのが、今じゃ大きなマリア像のように私の真後ろに立っているように感じる…と話したら、帰りに気分は軽いのに、お腹がなんとなく痛いような気持ち悪いような…そんな感じになった。

途中で具合悪くなるの嫌だなぁ、帰ったら食事の準備もしなきゃいけないから、治ってほしいなぁ。そう思いながら、私何でこんな身体症状が出ちゃってるの?と考えてみた。

私、カウンセリングで母の悪口言ってるみたい

そんな文章が当たり前のように出てきた。え?何で?今までも言ってきてることじゃん。何でだろう。悪いこと?母に対して?

ただ今、混乱中。次回、これが何なのか、聞いてみよう。
スポンサーサイト

2年でチョット

前回カウンセリングで先生に結構きついこと(自分にとっては)言われて、落ち込むっていうより、自分の中ではもうここが最後の綱…って勝手に思っているから、何で先生はあんなこと言ったんだろうって考えてた

一つ見えたのは、先生と私が2年もカウンセリングしてもらっているのに、先生が母、私は娘になっていて、母と娘として話していることと、それが、母の前では良い子でいなくてはいけないから、先生に対して思っていることを言えなかったこと 

あと、先生から指摘されたのは、私が話をそらす癖があるらしい。自分では全然わかっていなかったけど、自分のとった行動が特に先生から見て、話をそらしているように感じるのだそう。私は、そんなつもりなくて、今までそうしてやってきたことなんだけど、先生からそう見られているということは、今までの友人知人からもそう見られることはあったんだろうなぁ

私にとっては、何か行動をとったり、発言したり、それが間違っていたことだったら謝るんだけど、人によってはわざわざ何かを伝えることが、『うざい』になってないかなぁ…って思っていたんだよね。でも、ちゃんとわかってほしい人には、そういう細かいことも伝えていくことが大切なのかな…って思った

2年もかかってわかったことは、私が人間関係を形成する上で、母と娘のような主従関係を作ってしまうことだ。主従関係は決して悪いわけではないけど、友人に対してもそう思って付き合っていたら、しかもそれが、忠犬ハチ公も真っ青なくらいの相手に対して忠実で、チョー真面目だったらつまんないよね

学生時代、友人に囲まれていたかと思うといつの間にか一人になっていたのは、友人の選び方もどう?って感じかもしれないけど、重たくてつまらない人は、長く付き合うのはチョット…だよね。

自分では、面白おかしく話せるよう努力したりして、それで疲れちゃったりしてると思っていたけど、フタを開けたら、真面目すぎて重っ って感じだったんだろうなぁ

やっとなりたい自分が顔を出して、宿題にはなっちゃったけど、思いつくまま、なりたい自分を紙に書いてくることになった。

先生、私がこうなりたいっていうのがわからなくなって、ちゃんと確認してくださっただけだった。嫌われちゃう…とか、関係なかった。でも、私が、勇気出して言えたこと、そうやってまたカウンセリングに取り組めるようになりますように

私、思春期のやり直し…と思っていたけど、思春期前の人間形成からやり直しだな…って思っちゃった

本当に、螺旋を描いているように、時間がもったいないって思うけど、進んでいくんだな…

ごめんね~

長女はだいぶ大人に近づいた話し方ができるようになっているけど、よく主語がないから、話がわからなくなっちゃうことがある(私も夫に「何が?」って聞かれること多いから人のこと言ってられないけど)。

あと、説明するのに頭の中でまとめずに、浮かんだことを話しちゃったり、不安で言いたいことが言えなくなっちゃたり、まだまだ発達途中ね

次女は、たくさんお話ししてくれる 一緒にいる時間が、小学生の長女より多いからかな?幼稚園行帰りの自転車だったり、色々。

ただ、サ行が上手く発音できないから、聞き間違いや、勘違いや、何言ってるかわかんなーい ことがあり、それにもめげず話す次女が偉いと思う私 私が子どもだったら、だったらいい…で諦めてるもん

さっきも、お友達の名前が上手く言えてなくて、新しいお友達が他のクラスにできたのかと思っていたら、同じクラスの女の子のことだった

真剣に話を聞いてると、結構勘で何言ってるかわかったりするんだけど、すみません 家事の合間に聞いてたりしてます。今の時期も、大切にしないとね

家事はチョット置いといて…

点と線

週末カウンセリングに行ったら、うすうす自分でもわかっていたことなんだけど、「もう一度カウンセリング内容を共有できるように考え直しましょう」と先生から提案があった

通い続けて2年、何があなたに身についているかしら?と言われて、私が気をつけているのは、自分の感情に正直になること、それを自分の口から相手に伝えられること。その他にも先生に色々言われているけれど、言われたこと全部はできなくて、自分の口から相手に自分の正直な気持ちを伝えられることだけは、気をつけていた。

でも、「先生に全然身についてないわよね」。「私は色々伝えてきているけど、あなたの中に入っていかないの」。「カウンセリングも来て話すだけになっていて、(高いお金を払っているのに)お金を捨てているようなものになってしまうわ」と色々言われた。

確かに、いつも核心に近づかず、「アレ?」とは思っていた。もっとつらい思いをしてあたりまえなのに、そうでもない。うわべだけの話ばかりしている?

ただ、それをわかっていながら伝えなかった私が悪いのか、先生の話がストンと入っていかないときに、くいついて、「先生の言っていることはわかる。でも、私の中に降りてこないのはどうしてなんでしょう?」と聞けない自分がいけないのか…自分を責めてしまったらキリがないけど、とにかく私のこれまでのカウンセリングが点として点在していて、線となって結びついていないのは事実だ。

来週もカウンセリングの進め方を話し合おうと約束して帰ってきたが、私も話す内容や自分の感じた正直な気持ちをすべて話せるよう努力しよう。

家に帰ってきて、気が付いたのは、やはり先生の前でも『良い子』でいようとしている自分。今ままで褒められたことがないら、褒められたい。自分の気持ちを受けとめてほしい…その気持ちが強いのが、カウンセリングを受けることに邪魔をしているのか…

先生に強いこと言われると、それ以上私を嫌いにならないで!と思う。ストンと言っていることが心に響かないと、どうしていいかわからなくなる。正直に。正直に。

何でも伝えよう。怖がらずに。助けを求めよう。

点が、線になるように。

真面目すぎ

友人、知人、両親などに相談して言われたことは、自分で少し吟味してから、行動に移す

でも、カウンセラーや医師、先生などになると話は別、やらなくちゃ!に変ってしまう 別に、カウンセラーや医師、先生などに言われたことは100%正確か…といったら、必ずしも正しいとは限らない

それで、カウンセリングなんか特に、こうしなさいと言われると、絶対やろうとする、できないと自分を責める。まだ最近いいのは、「できませんでした」と言えるとこ。

そして、やってみて失敗した時に、「先生はこう言ったのに…」とか、「あの人はこう言ったのに…」とか、失敗したのは自分でその答えを選択してしまった自責の念を感じて、なかなか立ち直れなかったりする。

臨機応変って言葉を忘れて、その状態などによっては、必ずしもアドバイス通りではないってこともあるはずなのに、一つのやり方に固執する。失敗する→悩み責める→こだわりから抜けられない

ただ、アドバイスの中に、これだったら私はできるかもって言うものが見つかったら、やってみる。問題にぶつかったら、何がいけなかったかな?同じじゃダメなんだな。こういう時はどうしよう。そこまで、考えられればいいけれど、上手くいかなかった、何で?言われたとおりにやったじゃん!で終わっちゃうとこはダメだよねー。

そして、柔軟に対応できるよう、引き出しはたくさん持っていた方がいいよね。こういう時は、こっち。これは、あっち…とか。

まだまだ未熟だなぁ。私。カウンセラーと異なる意見がママ達との会話で出てくると、それはカウンセラーは言ってなかった。って答えがまず頭に浮かぶ。でも、異なる意見は、間違っているものなのではなくて、私に合っているか、私にできるか…とかそんなとらえ方でいいんだよね。

〇〇さんに言われたから、やる!じゃなくて、ルールやきまりは別として、その時に合った方法を自分で考えて、そういえばあんなアドバイスもらった時があったなぁ、じゃあやってみようかなって考えればいいんだよね。

はぁ~、頭硬い

安心基地って何だろう

「母という病」にも出てきた『安心基地』という言葉

『安心基地』って何だろう。私の『安心基地』はどこにあるのだろう…

以前、夫と今の家に暮らし始めて、自分の居場所がないからと、長女がお腹の中にいるのに、家を出て歩き回り、しょうがなくとぼとぼ帰ってきた。その後も、自分の居場所が見つけられなくて、部屋に閉じこもった。

でも、ある日やっぱり居場所がなく家を出たけれど、私の家はもうここしかない…と近距離歩いて戻ってくることができた。

だからといって、なんか変だ。家にいても落ち着かない。観覧席が騒がしくなったり、完璧主義者として育ってしまった自分が何か私に言ってる…でもみなさんが何を言ってるかわからないし、今の私には「うるさい」とみなさんを蹴散らすことさえできない

以前、GWでどんな時だったか忘れちゃったけど、人は小さい時一人遊びした時のあの場所に帰り、自分を癒すって話があった。でも私、一人遊びを邪魔されて笑いものにされたんだわ…今も平気で母も姉も笑い話にしてるけど。

私が一人遊びをしていた頃(お人形遊びとか多かった)、一人遊びって独り言のようにお話ししながら遊ぶでしょ?姉は、そんな私の一人遊びが可笑しかったのと、カセットテープレコーダー(古すぎー)を買ってもらったばかりで、何か録音するものを探していたようだ。運悪く、そのターゲットになったのは私。私が一人遊びをしているところを、カセットテープに録音し、家族みんなに聞かせたのだ

私は、すごーく恥ずかしかった。一人遊びで、声を出して遊ぶときは、誰にも聞こえないくらい小さい声にしようと思った。
私の一人遊び、そこに帰って自分を癒すのは難しそう…

子どもが生まれて、私は自分に決めた。子どもがどんなに面白いこと言って一人遊びしていても、その時間はそっとしておこう。「見て」「聞いて」と言われるまでは、そっとしておこう。知らないふりしてようって。

でも、私の『安全基地』、この家に作らないと、私の居場所を感じられないのと、ゆっくりできない。観戦者のみなさんの好き放題、色んなことの悪循環が重なって、子どもたちにとっての『安全基地』ではなくなってしまうから、カウンセリングで話してこよう。どうしたらいいか、相談してこよう。

カウンセリングに行く前に…

先週末のカウンセリングに行く前は、最悪だった 週末はカウンセリングか、病院の通院が入るのに、聞きもせず、あたりまえのように仕事をぽーんと入れた夫

多分、実家に預けるからいいだろう…と思われているのだろうけど、実家もその日は都合が悪く、子どもたちは誰にも預けられない状況。今回だけは、カウンセリングに行っておきたかった。前の週、子どもの予定でお休みしたから…というのと、私自身小学校が始まる前に長女のことをきちんと見つめ直さなくては…という気持ちが強かった

でも、夫は「ごめんね」の一言もなく、仕事はあたりまえとも見える態度。相手の都合もあるだろうから、私なりに譲歩してきたつもりだった。でも、前日酔っぱらって(ベロベロに)、「仕事が入っちゃったから…」と。

私は翌日から、子どもの預け先を探すのに困っていた。そうしたら、たまたま長女が夫に電話した電話で夫から、「週末仕事、入ったから…」と、前の晩に話していることさえ覚えていない。

だから、私は夫の話をさえぎり(本当は夫には何回もされてるんですけどね)、怒りをぶつけてしまった。夫も余裕がなかったのだろう。ケンカ売るならこっちだって…という態度に出た。その後も私は怒りが収まらなく、子供家庭支援センターで話を聞いてもらう。

結局、その後もずっと夫から「ごめん」は聞けなかったけど、母から「用事があるって言ったじゃないの」に対して、そういう言い方ってないんじゃないの?みたいのもあり、夫の話を聞かずに一方的に怒りをぶつけた私は悪かったなぁ…と思い、それだけ謝り、私にとってもカウンセリングが大事なの!早く直したいから!!と言った。その日、夫はご機嫌で帰宅した。

でも、未だに「ごめん」はない。カウンセラーは、自分の怒りの理由が母の言い方だと気付き、それに対して怒ってしまったと夫に謝れたところが素晴らしいと褒めてくれた。私も、自分のプライドとか体裁だとかを考えずに謝ることができた自分を褒めた。よくやったよ。相手のことはさておき、自分の悪かったことをきちんと謝れた自分ってすごい!

ただ、『怒り』にどう対応するかは、課題。
自分の居場所(安全な場所)が、この家にないことはもっと課題。

そうそう、子どもはお金がかかるから(ただでさえ、自分にお金がかかりすぎているのに)、外にはお願いしたくなかったけど、以前打診されたことのある、シルバー人材センターの方にお願いして、外出の間見守りをお願いしました。