いろんな私

こまさん

次女の幼稚園でママ達が企画する行事で、妖怪体操を踊るというので出し物班に入れてもらう

妖怪体操なら、EDは体操もブリー隊長もOKよ と思っていたら、妖怪体操の1コーラスと劇が入り、劇ではお友達のママからすすめられて初ヅラ体験。小さいので、ピンで留めても「後退してるよ!」と仲間のママが言ってくれて、直し直し…

私は、なんだか周りからきちんとしていて真面目…と思われているらしい。そんなことないよー。家は、カウンセラーの一言で無理して片付けないようにしたから、すごーいし、歌うの大好き。お酒も好き。踊るのも好き。

でも、きちんと見られる。しょうがない、これはきちんとするよう躾けられた結果だから…

今回の行事で、はじけさせてもらいました。長女の時は真面目にやって来たけど、もう疲れちゃったし…こういう一面もあるんだぞっていうのもあったしね。

そしたら、幼稚園のママ達と自分が知りたい情報以外は無理に話さなくていいんだなって実感できて、ラクになった 小学校でも幼稚園でも、仲の良いママができるのはいいけど、無理して付き合うんじゃなくて、自分がどうしたいか、チョット考えられるようになったかな…

コマさんは、あまり上手に描けてないけど、これにビニール袋で作った衣装着て踊りまくりました
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心の整理2

ふぁん 5

心の整理って何だろう…あれから、ずっと考えていた。

カウンセリングで、「あなたが感じたことを話していかないと…」「ここに来ても、自分の気持ちにフタをしてしまったら、いつまでたっても先に進めませんよ。」「そうやって話していくことが、心の整理なの」先生に言われて、正直言ってることはわかるけど、そう言ってる先生に対しては怖かった。

母のことを中心に、今までのことを話した。母達のことは「憎しみと嫌悪感」の塊だったけど、先生に話していっぱい感情が溢れていっぱい泣いた。カウンセリング後も感情の溢れ出るのがわかって、安全な場所だがあったら泣いていただろう…。

ツライ、辛いよ、先生。この感情を抱えてるのは辛いよ…。帰りの電車の中で、じわじわ涙が出てきたのを抑えて、そんな状態なのに買い物には行けちゃう冷静な自分もいて。必要なものだけ買って帰る。

帰り道、昔を思い出した。さんざん「アンタは馬鹿だ」と母に言われ続けて育ってきて、「アンタは何をやってもバカだから、無理だ」と言われてきて、自分の感情を抑えながら「何で私は生まれてきたの?」という疑問がいつもつきまとっていた。生きてる価値がない位「馬鹿」なんだから…と自分の感情を抑える時、どうしたら周囲に迷惑かけることなく死ねるんだろう…そんなことばかり考えていた。だから、「私は生きていてもいいんだろうか?」という疑問につなっがっているんだな…と思った。

そしたら、涙が止まらなくなって、急いで家に帰って夫を部屋に呼んで、カウンセリングのことを話しながら、泣いた。

心の整理をするって、こういうことなんだな。辛い作業なんだな…そう思った。先生の「大丈夫」が私のお守りだけど、どこまで続くんだろうか…。

ただ、この辛い作業を終えた人は、すっきりされていること、私一人でやることではなく、カウンセラーと一緒に行うことなど確認した。辛いけど、私はカウンセリングを受ける時に、どんな辛さでも受けとめよう…そう強く自分の中で誓った。これからもたくさん辛いかもしれない。でも、負けずに乗り越えていきたいと思う。


長女のためにサンタさんにお願いした。ファンルームだけど、私が楽しんでる。目的なく、ただコレが作ってみたいと写真を見て作る。何も考えない。考えるとしたら、長女と約束した「学校に行ってる時間」が終わりそうになっても出来上がらないと焦る…

休みの日とチョット横になりたいときに、『毒をはく親』も読み終わり、心の整理って何だろう?と考えて、ネットで検索してみたり…

今のぐちゃぐちゃな気持ちが嫌で、どうしよう…、どうしようかなぁ…と色々考えた とりあえず今子どもの寝ている間にできるとこまでやってみよう!と思い、ノートを取り出し、母について思いつくまま書いてみる。

以前、カウンセリングであんまりやり過ぎるとかえって辛くなるから、自分でどこまでって決めて書いた方が良いと言われていたので、私の場合、子どもたちが寝ている間だけ…と決めて、思うままにつらつらと書いてみる。

結局、自分の奥底には触れられなかったし、だからどうしたらいいっていうのもわかんない!と言うのが正直な気持ち でも、ハッキリわかったのは「母に対して憎しみの、恨みの塊がある」ってこと。私は、子どもの頃に、親から一人でも生きていくすべを教えられたんじゃなく、毎日愛情に飢え、その愛情や安心感を失い続け、あの家庭から逃げたいという一心で結婚したら、「アンタはもうウチの人間じゃないんだから」と遠ざけられたこと。というより、私は追い出されたと思ってる。

今はとにかく、「戸籍上家族だった人たち」をとても憎んでいるということ。わかってくれない、理解を求めるのは難しいことを実際半分くらい諦められたのかしら?でも、残りは、それでもまだ、なお、彼らに理解を求めたい気持ちがあること。それが、叶わぬ夢だと思うから、余計憎しみが湧いてきちゃうのかしらね。ぶつけどころのない感情だもの。

そして、関わりたくないと思うんだろうなぁ。


心の整理

カウンセリングに行って、現在、罪悪感と子連れの時に偶然会ったらどうしよう…と悩んでいた。

罪悪感は、副作用みたいなものしばらく続くって言われてたの、忘れてた。あと、ささやく声も…

前回も偶然会ったらどうする?に悩んだ。なんせ、実家は近いし、生活圏も同じだから…

先生は、「自分はどうしたい?」と聞いた。私は「あの人たちを許すことはできないから、関わりたくない」そう言ったら、「それでいいじゃない」と言われた。今回も先生は、「自分ではどうしたい?」と聞いてきた。私は初めどうしたらいいかわからなかったんだけど、先生から「客観的に見たらどう?」と言われ、ブログで実家にいる人たちを『戸籍上家族だった人たち』と書いてると話したら、「その『戸籍上家族だった人たち』に合った時どうしたい?」ともう一度聞かれると、不思議と…「今急いでますから…とその場を去る」と言えた。「それでいいじゃない、ね、客観的に見て自分でどうしたいか考えてみたら、答えが見えてくるでしょう」と言われた。

そうだ、私の実家とか、私の親とか考えると感情が邪魔して、見えなくなってしまうことが多い。でも、『戸籍上家族だった人たち』だと私自身と離して見ることで見えてくることがあるんだ。感情が邪魔すると、感情に取り込まれて身動き取れなくなるんだ。それが、本に書いてある取り込まれるってことなのね。

そして、先生は私と同じような人の話をしてくださって、その『戸籍上家族だった人たち』に会ったらどうしようという不安感は、あなたの心の中で特に「お母さん」とのことが整理ついてないからじゃないかしら…と言われた。

帰りの電車で考えた。
そして、わかった。もし母のことを話したら、母を許すとか許さなきゃいけないんじゃないか…という気持ちになって、余計に自分が苦しまなきゃいけないことに恐怖や不安を感じていること。だから話せない。

「毒をはく親」の最初の部分は、もう「母という病」に書いてあることと同じだろうし、また読むと辛くなるから、読める時に読もうと思っていたけど、読み始めた。

以前は、自分の気持ちに正直に。自分が感じたこと、自分は今こう感じているんだってことを大切にするように言われた。今回は「自分はどうしたい?」。GWでもよく言われることだ。自分の気持ちに正直に生きることってまだよくわからないけど、これからは迷った時に自分に聞いてみよう。感情が邪魔する時は、客観的に考えられる見方をしてみよう。

自分の中の毒を吐く

私にとって、初めは母だけのことだけが原因だったのかと思っていたけど、今はその考え方は違う

私にとっては「(結婚する前の)戸籍上の家族と書かれている人たち」。

彼らがしてきたことや、彼らに認められようと努力し過ぎてしまったことで、私自身どんどん苦しい状況に置かれた。

それなのに、

まだ、

私には責任はない…

私をこうしたあなた達に責任がある…

と思えない


頭では分かっているけど、心では理解してくれる彼らを望んでいる…


『毒をはく親』で、自分で自分を責めないように、自分に責任の所在を分からせるように繰り返す行うことがあって、子どもたちのいない時間にやってみた。

1回目にその文章を声に出してみると声が震えるのと同時に、涙が眼の奥から湧いてくる…

2回目、泣きながら読んだ。

3回目、悲しみが溢れてきたけど、続けた。

それでも、本当に認められていない。

もう一つのところも声を出して読んでみた。悲しい…「毎日こうやって何かを失っていく」という文章は、実際その通りで喪失感と悲しみを毎日何らかのことで感じながら、それでも、いつか分かってもらえる日は来る…と思い頑張り続けていた自分が可哀そうだと思った。

まだまだ、毒素はたまってる。そう簡単に出ていかない。40年も溜めていたんだから…

でも、私はあなたたちのような親にはなりたくない。それは本当の私の気持ち。選ぶ言葉が、行動が、つい「家族だった人たち」と重なって、辛くなるけど、気がついたら事前に言葉を直す。自分だったらどう言ってほしかったか考えるのもいいかもしれない。

そして、彼らが絶対してこなかった、「謝る」これだけは大切にしたいと思う。つい私も守りに入って、子どもたちに「ごめんね」が言えなくなってる。「謝る」「お礼を言う」は私は忘れずに続けていこうと、高校の時に決めたのに…

ぼやき

ずーっと、頭痛、倦怠感、肩こり、腰痛で、注射で生理を留めた副作用かと思っていたけれど、精神的にも関係していたみたい

『毒をはく親』の続きを読んだら、チョット落ち着いた。

私の『家族だった人たち』に対しては、私がこうなったのは、特に子どもの頃のことに関しては私には責任がないはずなんだけど、「あなたたちのせい」とは頭でわかっていても、実際は認められてないからなんだろうな…

色々、私の『家族だった人たち』のことを考えると、苦しい…

声も時々聞こえるし…

でも、これは想定内のことだからしょうがないけど、何かの問題を乗り越えるってことは、時には苦しく辛いことでもあるんだなぁ…

伝承遊び

懐かし~

長女があやとりを頑張っている

その前はお手玉で、私は両手で2個が限界 3個に挑戦したこともあるし、片手で2個も挑戦して断念 って感じ。

長女は両手で3個がチョットできたらしい…

あやとりは、折り紙もそうだけどある程度の手先の器用さが関係してくるのかなって思った

なかなか親指で糸をすくいとる、小指に引っ掛ける…が難しいみたい。
私も、得意ではないので、ネットで練習いたしました

個人的には、けん玉やりたいけど、結構お高いのにびっくり
やっぱり短大の時にやっとくべきだったわっ。級もあって、教授の部屋の廊下に名前貼り出されるけど…

ついに決断

25歳から子宮内膜症と付き合ってる私。痛みも経験したし、手術も受けた。

今は婦人科の医師によると、個人差があるのでいつ更年期が来てもおかしくない状態らしい

今回、生理が寝込むほどひどくて…

痛みは精神的にも左右されたり、感じやすくもなるものなので、注射を打って生理を止め、更年期の副作用に苦しむよりは(今、精神的にも大変なのに)…と今まで避けていた。「効いてないと思います」の医師の言葉を受けとめられずに、3週間ディナゲストを飲み、1週間出血させる方法を続けていた。

でも、今生理痛がひどく寝込むほどだと、私自身休んでられない(今までいかに実家に頼っていたか)状態なので、非常に困る。色々考えて、一度注射を打って出血させない方法をとってみようと思った。

担当医師は、年度末で来年度自分が異動になるかもしれないので、治療方針をこのままにして来月考えてみることをすすめられたけど、実際、生活が成り立ってくれないと私自身も困るのだ。

更年期の副作用は、内膜症手術後の半年間スプレキュアを使って、生理を止めていたので、何となくわかっていた。あのときも、ホットフラッシュ以外は精神的に病んでいたので今と同じ。たぶん、精神的な副作用は薬のせいか、自分がそういう状態にあるのかわからないし、心療内科の医師も婦人科の医師も見極めるのは無理と言っていい…と言われた。

とりあえず、3か月、毎月注射を打って様子を見ることになった。まだ、他にも方法はあるのだそうで、これが最後の治療法ではないことや、精神的に困っても相談しやすい環境にあるのが安心

自分を許すこと

今、私と同じような体験、経験をされた友人がこんな本を読んだよっておしえてくれて…

『毒になる親』。
すごいタイトル。
最初は、タイトルの凄さにひいて読めなかったけど、私が今抱えている問題にみんなどう乗り越えたのか、色んな選択肢があるのなら、自分に合いそうなものを見つけようと思って手に取ることを決めた。

今ってネットで目次まで見られるから、中身も吟味したつもり…

今、自分を見失いそうになるとカウンセラーが「忘れないで。こうなったのは誰のせい?」の言葉で救われもし、家族に対しての憎しみまで持ってる。それがいけないことなのか迷い。友人からの言葉で救われ、この本でまた救われた。

ここまで自分を追い詰めた、追い込んだ家族を許せるのか?許すことが必要なのか?そう本に問われている気がしている。私は、今は絶対許せない。先のことはわからない…

本の中に、「きっと神様は、人を許す以上にもっと自分が回復することを私に望んでおられたんだと思うわ」という文章に強く心を動かされた。

教会に行く度、人を許せない、人の許し方のわからない自分を責め、涙しながら「なんで私は教会に行く度に涙が出るのだろう。神の御意志に従えない私は教会へ行く必要がないのでは…」と思って悩んでいた。

私もそうだ。人を許す前に、神様はもっと私が回復すること。私が私自身を許せることを望んでおられるのではないか…と思った。

私が、私自身を大事にすること。自分を取り戻しなさいと言われてるような気がする。

求めれば救われるとはこういうことなのかな…

あ、宗教的な話になってきちゃった。ただ、少し進めたかな…私。

憎しみ

実家と連絡を絶って(夫が窓口)、3週間が経った。

今まで感じたこと
 ・両親、姉に対する憎しみ
 ・自分とは何か(今感じていることが私自身なのか、私の中の母なのか)
 ・私は本当に生まれてきて良かったのか

この感情にゆれて、ゆれて、辛かったし、今も辛い。

「憎しみ」は持っていいのか、持ってはいけないことなのか悩んだ。でも、自分の中では「憎しみ」を持ってその感情を受け入れないと先に進めないと思っていた。

カウンセラーにも友人にも「憎しみ」を持つのはあたりまえのことだと言われた。カウンセラーには、私が思った通りそう思うことで先に進めると…

自分とは何か、今まで自分の感情に全部フタをして生きてきたから、よくわかんない。けど、カウンセラーも友人も、「私は」という主語を大切にしてほしいと言われた。

私がこの世に存在していいのか、カトリックの信仰として考えるならば、私はこの世に必要だから存在している。その理由はわからない。多分、これから探していくこと。

夫にこの質問を投げかけたら、私がいないと家族みんなが困ると…。それだけでも存在価値はあるんじゃないかと…

だから、次に進むためにも、私の本当の気持ちは「憎い」あの人たちは。誰に何と言われても、それが私の正直な気持ちだ。

だって、「私を本当に生んでよかったの?」と母に問うた日。感情的に爆発して、そう言ってしまったのもあるけれど、誰一人として「よかったよ」っていう返事はなかった。そんなのわかってるだろう…そう思って何も言わなかったのかもしれない。だけど、私をそういわせざる状況を作ったのは誰?私を母親として見ずに、保育士の姉に何でも聞きまくっていたのは誰?

「ナルニア国物語」の映画を観ていたら、私は大人だけど私を見つけに行きたい!…と本気で思っちゃった。