体調を崩して思ったこと

_20160219_112633 - コピー

喘息のコントロールがようやく出来てきたこの頃…

内膜症の治療の副作用と喘息に悩まされることもあり、持病があるって大変だなぁ~と改めて思ったりしていた

無理はしてないつもりでも、明日に回していいことをむりしてやってしまったり、それで体調の悪さを引き延ばしたりしている…


ただ、早く治さなきゃ家が回らないと思う義務感で治そうとしている。


あ、私、生きることに対する肯定感もないのだったわ。
病気になったり、物事が上手くいかなくてどうにもできなくなってしまうと、考えてしまうのは死んでしまうこと。ネガティブもいいとこ。

今回体調崩した時に思ったのは、根本的に生きることに、それも前向きに生きようとする思いが欠けているんだなぁ…と

だから、小桜インコが死んでしまって、一緒に看取った次女が「生きる」と「死ぬ」かがわからなくなって、不安定になってしまった時に適切な説明ができなかったし、生きる希望みたいなこととか言えなかったんだよね。

自分の育ってきた環境が自分をこんなに歪ませていて、その中でずっと生きていたくないと感じていたけど、よく精神的におかしくならなかったなぁ。あ、嘔吐恐怖症になってしまったから、病気になってるか…でも、当時はそれが病気じゃなくて、自分がおかしいんだとか、こんな風に育ってしまったから罰を与えられたんだとか、色々思っていたなぁ。

もう少し「生きていくことに前向きに」考えられたら、世の中の見方とか、考え方も変わっていくんだろうなぁ

と思う今日この頃
スポンサーサイト

いろいろ…

色々ありました。
良いことは、喘息のコントロールができ始めていること。

まだ朝起きて咳き込む朝はツライですが、以前のもうそこから憂鬱な一日が始まることがなくなったこと。
しょうがない、疲れたら寝てよう。温かくしよう。温かいものを飲んで温まろう…など工夫できるようになってきた ( ^ω^ )

でも、悲しいことが一つ

介護していたおじいちゃんインコが、1月28日に亡くなったこと。
前日の晩に既に朝までもつかわからなかったので、子どもたちと私が寝ている部屋で一緒に過ごしました。翌日、アサイチで病院に連れて行きましたが、今晩までもつかわからないと言われました。

お昼前に急変して、亡くなった後、次女がいてくれたので一緒に泣きました。
火葬の手続き上、夕方までにお寺に連れて行かないといけないので、長女の学校まで行き、長女の気持ちを聞いて早退させました。

駅前で、お花を買って、小さな箱にラフィーとお花、子どもたちが負った折り紙、ゴハンを詰めてあげました。
翌朝、2匹のウサギの待ってるお空へ旅立ちました。

でも、ウサギが亡くなった時ほど後悔はありませんでした。
喪失感はありますが、表に出さないように自然としてしまいます。思い出すと辛いけど、毎日の生活が落ち着かない、私には余裕を持って送ることができないので、忙しさにラフィーのことを考えている時間はない感じです。

まだまだ自分自身を完璧主義という柵から解放できない分、辛いです