再度落ちる…

ようやくジャイアンのことが少しわかったと思った私、
でもぜーんぜんわかんないし、もうわかりたくないっ
とネガティブに落ちた… (;_;)

昨晩、実家で夕食食べさせてもらって、
帰宅した

既にジャイアンは帰宅していた(実家でご飯を食べるのは了承済み)

長女が
「ママがゆっちゃんの薬のためにアイス買った時に、
 ハーゲンダッツ3つ買ってくれたから食べるんだ~」
と長女が言ったら、
ジャイアンは言った

「そういう時は、家族分買わなきゃ」

と…

ジャイアンは娘たちと私で食べるから
3個しか買ってこなかったと思ったかもしれない

でもって淋しかったのかもしれない…

でも、寂しがる必要もないし、
寂しかったら、「ボクの分も買ってきてよ、寂しいじゃん」って言ってもいいのに…

私はあくまでも次女の抗生剤を飲みやすくするために、
安いチョコアイスを購入し、
長女が食べる予定のハーゲンダッツを食べてしまったから、
1個は完全に長女、
1個は
「いーな、いーな」
と言うであろう次女に…
もう1個は姉妹で分ければいいくらいの気持ちだった

つ、ま、り

私は食べる予定ではなかったということなのだ…

たまたま酔って食べちゃったけどさ~ (=∀=)

色々ぶつけてくるんだよね~
なんなんだろう…
私は仕事で上手くいかなかった時のあたる相手かな?

今朝、夢と現実のはざまだった
夢で生活感のない部屋が出てきた
ジャイアンのいつもうるさく感じる生活音…という現実の音を聞きながら…

そんなことで?

と思う人もいるだろうなぁ…

でもね、そんなことで落ちてしまったのですよ (;д;)

私、完全復活したわけではないの
いつでも落ちやすい状況にいるんだけど、
好き勝手言っているとしか私には見えないんだ
ジャイアン…

しかも彼は何を考えているかよくわからない…
(私が余裕のない時、放置してほしいと感じた時は聞かない)

仕事で上手くいかないことがあるのかもしれない…

でも、それを私に子どものようにぶつけているとしたら、
今の自分の状況からしたら、
受け止めるのは無理なのだ…

いくらヨガや瞑想をしていても、
私は受けとめられるだけの私ではない…

もともと心の狭い私を
今、
拘りや過去を手放そうとしているのだ…

それだけ感じることが敏感な状態にいると言っても、
過言ではないかも…

自分にフォーカスして答えを探している時もあるから、
そこに冗談かわからない言葉が入り込んでくるとフリーズだ…

あ、

そっか、フリーズしたら正直にフリーズしちゃえばいいかぁ
座って頭を考え込む?
答えを探そうとするから疲れるんだなぁ~
自分の気持ちに正直に…
無理に答えを出そうとしない…
答えようとしない…

それもいいかも…

そして日常生活は、淡々と…
ただ淡々と…
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手放す、委ねる…

この所、次女が言うことを聞いてくれなくて、
困っていた (;_;)

私の都合で動いてもらっているのだとしたら、
私が次女の立場になってみないと…と思っていた

一日の時間は24時間、誰も同じ
それをあれもこれもやりたい気持ちはわかる…

でも習い事は次女が自分で決めてやり始めたこと
病院の通院は次女の鼻風邪を少しでも良くするために…

時間が近くなると声を掛けるんだけど、
まぁ、タイミングが悪いのは私の観察力の無さかもしれない
でもね、説得するのも叱るのも全部私の仕事!!
って思って頑張りすぎてる自分がいるな~と気づいたの

それは、昨日病院へ行く前にごねた次女の態度から…
彼女にも彼女の理由があったのかもしれない…

ただ、何かあればごねる次女をそのままにしたくなかった
一昨日もそうだった…
あまりにごねるので、
1人で習い事に行かせた(精神的に限界だった私)
昨日も同じようにごねた…

私は「病院は行くのやめて、ばあばの家へご飯を食べに行こう」と言って、
長女をこちらのペースに引き込んでしまった…
通院へ行くのに、父が車で待っていてくれたから、
「ゆっちゃんが言うことを聞かないので、病院へは行きません。
 〇〇(実家)まで連れて行ってください。」
と父に伝えた

本当は父にそう言いたくなかった
私にとって父の叱り方が嫌な時もあるから…

でも、昨日の父はそうではなかった

「ゆっちゃん、何で行きたくないか、じいじに話して…」
と言った
次女は大泣きした
「ママの言うこと聞こうねってじいじと約束したよね。」
と父は言った
次女は頷いた

そんなやりとりがあって…
いくら昔は毒親と思った父だとしても、
父は変ったのだ

私が物事に悩むと、
「何が大事か考えてごらん、学童?病院?」
と聞いてくれるのだ

私が自分の都合で次女を音楽会に行かせなかった時も、
「それは大人の都合だよ」
と言ってくれたのだ

時々…おいおい…って思う時の注意もあるけど、
それは人間だからね

それよりもフォーカスさせてくれる父の言葉を信じようと思った

私一人で子育てするのではなく、
大変な時はこうやって他の人に叱ってもらうこともいいのかもしれない…
と思った

そう思ったら、また肩の荷が軽くなったよ (*≧∪≦)

私は誰にも任せられないから(信用できないし)、
1人で頑張って子育てしようって、
抱え込んでいたんだ…

そりゃ辛いわ~
2人抱えてんだもの… (。pω-。)

失敗したらフォローすればいい…
それは私の役目なんだと思う…  ← 様子を見てジャイアンにも譲る…

けど、両親や姉の娘たちに対する叱り方や、
注意の仕方にビクビクしている私でなく、
とりあえず任せてみよう…

子育てを一人でするから、
抱え込んでしまうから、
孤独を感じて辛くなってしまう

昔私が育ったように、
色んな大人に任せよう

私は抱え込まないで、
どんどん手放そう…
それが私にも娘たちにとってもお互い楽になる生き方…
距離の取り方なのではないだろうか…

ohana-crop.jpg 

昨日の学童の帰りに、次女が拾ってきたお花 
蕾が咲きそうで、次女は楽しみ❤って言ってた
そうだね~って朝からほんわかした気持ちになった ( ^ω^ )

DSC_0390 - コピー-crop 

今日次女がお手伝いしてくれて作ったお弁当
おにぎりの顔は次女がマジックで描いた
ピックにプチトマトを刺したのも
枝豆入れたのも
次女

海苔パンチもいいけど、手描きはもっとかわいいね~❤

またママは助かってしまったよ~
ありがとね~ 
+゚。*(*´∀`*)*。゚+


ACの私が考えたこと

昨日の朝、顔を洗おうと思って、
化粧水とコットンと乳液クリームを出したのに、
洗顔料を出さずに、
顔を洗い始めてから気づくという…後者のmercyです (〃▽〃)

私がよくやるのは、サランラップを冷蔵庫に入れようすること…
なぜか途中で気づいて入れない…
なんですけど…ね…
そしてその後自分に「ちょーウケる~」と笑う… (ノ∇≦*)

前者後者…気になる方は、
心屋仁之助さんでググってみてください


ACだから…と思っていたことも、
角度を変えてみてみると
また違う風景に見えるよう…

気づいたこと、
今まで何回も思うんだけど、
ジャイアンと私は似ているってこと…

そうして考えると、
自分の中で捨てられないものがたくさんあって、
無理をしているから、
その無理が違うところに出てしまうってこと

その無理をする鎧を取り外したら、
お互いラクに生きられるんじゃないか…と思ったこと

言葉を、ただ、ただ、ストレートにとってしまうこと…

昨晩も食べ物の話の流れで、
「今、精神的に落ちているから…」
と伝えたけれど、
ジャイアンは私が精神的に落ちているから、食べられない…と思っていた
(ここ難しいのね、長く説明すると嫌だと思って簡単にを心がけたけど、伝わっていない)

私は精神的に落ちてはいるけれど、
食欲がないわけではなくて、
ゆっくりだったら行動できるけど、
すぐ行動して食べるというのは難しい…

と、説明したらようやく理解してくれた…

昨晩、歯医者に行って麻酔が効いてるから、
髭が剃れない…
というジャイアンに
「剃ってあげるよ」
って言ったら、丁重に断られた (;_;)

TVが観たいから、その時間は困るとのこと… (^_^;)

そうですか…
では、寝ます~
私…

瞑想して寝ました

でも、ジャイアンは私が髭剃ろうか…と言ったことが嬉しかったらしい
オデコにチュー❤されたよ~

私は私が剃ることに不安なのかと思ったから、
Dr.Xのように、
「私失敗しないんで…」
って言おうかと思ったよ

今朝、長女がまた次女の学童のお弁当を作る…と言っていたけど、
たたき起こしても(本人希望)起きないので、
途中まで作って冷ましていたら、
「詰めるのは、かえっちゃん、やる!」
と起きてきました

DSC_0388 - コピー-crop 

ありがとうね~
ママ、助かったよ~ 
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆










ゆっくりと…

今日、次女は学童

長女が
お弁当作ってあげるね
って言ったけど、
起きないので、
私が作りました

いいの…
作ってあげるよって気持ちだけで… ( ^ω^ )

今日のレンチン弁当…後から、次女がプチトマトを足しました…

DSC_0387.jpg

本当はね、
海苔パンチで顔つけようかなぁ~と思ったのだけど、
無理はしたくない
今日の気分はここまで…

そして、ネガティブな私にも
それを読んでくださってるみなさんにも…

IMG_20170316_224242.jpg 
長女の球根を復活させた父…
すごーい
クロッカス…
シャボン玉、飛ばしてみました…  (#^.^#)

ACに悩む

週末、カウンセリングに行き、

ジャイアンは悪気があって、

私に何かしているのではなく、

こだわっているのは、私なのだと話した

 

先生は、飛躍しすぎ、

被害者意識が強いと言った

 

それも何となくわかっていた

 

ただ、どうすればいいのかわからないのと、ただ娘たちへの影響が怖かった

 

 

先生は、

本来は新婚時代にお互い色々やり取りしていく中で

お互いのルールらしきものが決まっていく…

と話してくれた

 

でも、卑怯者の私は、

母から逃げたくて結婚した…

ジャイアンとは結婚相談所で知り合い、

母が気にしていた年収をクリアしたので、

付き合うことも結婚するのも許された

 

そして、誰にも自分の本当の気持ちを言わずに、

来てしまった私…

 

自分が何を感じてるのか、

どうしたいのか、

わからなかった


ただその当時の私は母から逃げることが優先だったから…

 

だから、ジャイアンにも伝えられなかったのだ

 

鍵を確認しまくり、

癖とジャイアンは簡単に言うけれど、

私はその行為で死まで

感じてしまうこと

 

TV、電気、給湯器を自分の用がなければ、オフにしてしまうところ…

本当はそうしてほしくない、

私だって使うんだよ…

って言うことをもっと伝えなかったこと

 

疑問に思ったら、

ジャイアンも私に聞くだろうし、

私もジャイアンの行動から、

家族として認めていないように感じる…

と伝えられただろう

 

でも私はそうしてこなかった

そうしてこられなかった

 

先生に言われた

 

あなたが何も言わずにきたから、

彼は自分の好きにできると思っている

 

あなたの感じていることは、

一切知らない

 

だから、今はワガママな王様に育ってしまったわね…

 

 

そうだ…

mercyちゃん、○○やって…」

とよく言うのは、

状況を見ればわかるでしょ?

と思っていたけど、

具体的に状況説明しないとわからないのだ

 

長女が生まれて、

寝る間もなく、

授乳やおむつ交換、

私は育児を完璧にこなそうと思っていた

 

それでも、「僕のゴハンは?」と聞くジャイアンに怒りを感じた

今でいう産後クライシス…だったかもしれない…

でも、元々状況が理解できなくて、自分のことしか考えてなかったら、

理解できないのだ

生まれたばかりの赤ちゃんのお世話が大変なこと…

 

周りに理解者がいなくて、

不安の中での育児だった私…

その中でも、

保健師さんや助産師さんの労いの言葉に救われた

 

ジャイアンがこうなってしまったのは、

私のせいだ…

 

先週は嫌悪感が強くて、

ジャイアンがいるだけで、

圧迫感を感じ、

家に居場所がないと感じていた私…

 

それがカウンセリングを境に、

強い罪悪感に変わった…

 

それもきっと行き過ぎた感情なのだろう…

 

でも私は器用ではないから、

とりあえず自分を責めるところから、

始まり…

這い上がっていくのだろう…

答えを見つけたときに…

 

辛いし、

体調にも出ている

(咳喘息、腹痛など)

 

でも、私のよくあるキーワード

失敗したら、ダメダメ人間

 

母から怒られたら私はダメな人間

ジャイアンから怒られたら私はダメな人間

に変化して、

私を苦しめているのだ…

 

それは、やはり辛い感情と丁寧に向き合わないと、

私にとってはわからないことだった

 

これからどうするか…

どうしたらいいかは課題…

 

きっとそれが腑に落ちるのも、

私は時間がかかるだろう…

 

だからこそ、その気持ちとまた丁寧に向き合うのだ

 

どうしたらいいか

カウンセラーと私が納得できるまで、

考えるのだ

妥協はしない

わからないことはわからないし、

落ちないことはハラに落ちない

先に続かないから…


先に明かりはぼんやり見えている…

私は私のペースで進んで行けばいいのだ


 

 

 

 

一気に落ちた

コメント下さっていた皆様、
リコメしようと思ったのですが、
ただ今精神的に立ち直れない状況にハマってしまいました

もう、大好きなヨガさえやりたくない気分です
それでも、
頓服でごまかして、
できるとき…に行っています
(カウンセラーには毎日やってください…と言われているので)

原因はジャイアン(夫)への嫌悪感の強さです

今までも色々あったけれど、
まだ私には我慢の容器に余裕があったようです

今は、
フタができません

きっかけは、次女の七五三の写真をジャイアンの実家に送ることでした

多分実家には義妹しかいません
義母は一人で介護を抱えて介護うつや胃潰瘍になってしまった義妹、
義母は義妹がラクになるように入院しているでしょう

七五三の写真を撮ったのは、
今年入ってからです
次女はこれは私の実家へ、こっちはジャイアンの実家へ…と写真を分けました
出来上がって我が家に送られてきたときも、
梱包は私の仕事になっているので、
ジャイアンは一切やりません

私が最近どうにかこうにか梱包したのですが、
「送って意味あるのかな…」
とジャイアンに言われました

多分、彼の中では誰だかわからない認知症の母に見せてもしょうがない…
と思ったからかもしれません

でも、私は次女がせっかく選んだこと
義妹にも見せたいと思っていました

私は写真の入った封筒に住所を書くよう、
ジャイアンにお願いしていたのですが、
結局放置されていたので、
翌朝私が書きました

郵便局に出してね…とお願いもしましたが、
部屋に無造作に置かれたままなのを発見してしまいました

その晩、
「なぜ出さないのか」ジャイアンに聞きました
何か用事があって頼むとすぐやってくれる人です
でも、写真は出しませんでした

「アイツ(義妹)がいつ家にいるか連絡が取れないから、送れない」
と言ったり、
一番腹が立ったのは、
「いないんでしょ、どーせ」
と言ったことです

誰が義母の介護をしているのでしょう…
誰が実家の草取りや、メンテナンスをしているのでしょう…
それに合わせて、義母の病院へ毎日行く義妹…
私は介護福祉士的頭で考えたら、一人で抱え込んで大変な状況…と思います

同じ県内に住んでいる義弟は、義妹と仲が悪く、
義妹がSOSを出しても無視されたとのこと(義妹談)

ジャイアンンも一回義妹とケンカして方、
介護はなかったことになりました

写真も本来宅急便で送れば、
雨に濡れることもなく、
不在通知から義妹のいる時間に受け取りやすいのですね

でも、それすらしようとせず、
義妹のいる時間にこだわるってことは、
その連絡が来るまで送らないっていうのは、
私から見て、
送るつもりがないとしか思えません

きっかけは、こんなことでした
でも、もう私の中では存在感自体が威圧オーラを感じて、
家に居にくい…
自分の場所がなくなっていくのです

そして、それが子どもたちにも影響が出て来てしまいました

最初は書くのをやめようと思いましたが、
あえて書こうと思います

どうして私がこうなったか…

これからのカウンセリングでは、
私の過去とこだわりに目を向けていきます
私が生きやすくするために…

でも、急降下は辛いものですね…
今まで明るかった光を見失ってしまいました…

でも負けない…その言気持ちは強い

しばらくリコメはできませんが、
コメント蘭はオープンにしておきます
何かお気づきの点がありましたら、
書いて下さい

私が私に怒るって?

そーなんです
私、実はこの言葉の意味をちゃんと受けとめていなかった…

あはっ (//>ω<)
私遅いんです
心にストン…と落ちるの… (;_;)

衛星放送の中継のやりとりよりも遅いんです (;д;)


この前、

mercyさん、春休みじゃん

と言われて何で私が怒りを感じたか…
問題解決いたしました 

「春休みじゃん」って突っ込みを入れられることで、
私は自分を
私は子どもの予定を把握していない、ダメダメ母じゃん
と言われている気がしていたの (;_;)

相手はそんなこと一言も言ってないんだけど、
私の思考が勝手に怒りに入り込んでしまったの

そう考えたらね、
何でジャイアンのとる行動が嫌なのかもわかったよ (*゚Q゚*)

私はジャイアンがとる行動、
ほぼ全てにおいて、
自分に怒りを感じていたのだよ

ジャイアンが強迫神経症…とはいえ、
鍵、戸棚や冷蔵庫の扉、コンロの確認をすること

鍵は、私子どもの頃よく外に出されて鍵かけられたり、
チェーンかけられて家に入れてもらえなかったこともあった…

自分の家に入れない子どもの心境って、
自分の居場所のない実家でも、
外で生活するのって、
不安と恐怖、生と死を感じるのだと思うんだ
家に入れなかったら、
私はどう生活していくの?
食事は?どこで寝るの?…

今現在、帰宅して鍵を開けたらジャイアンがチェーンまでかけていました
私にとっては死活問題にリンクしちゃうんだよね
恐怖、不安、悲しみ、寂しさ、孤独…

台所はね、
私の居場所なの
だって、ジャイアンはゴハン作らないもん(自分のインスタントラーメンに限り使用)
私が全部作って「どうぞ」って出すだけじゃん
食後の片付けだって気の向いた時だけじゃん

なのに、何で確認されなきゃいけないの?
私の居場所をどうしてほぼ使わない人に確認されなきゃいけないの?
自分の居場所がとられる恐怖…を感じていたんだね

自分の観たいTVが終わったら、
そこに誰がいようと聞こうともせずに電源オフ
入浴して次に入る人のこと考えず、
さっさと給湯器の電源もオフ
この前はヨガやるために床暖つけていたら、
勝手にオフ

それらは私にとっては淋しいことなんだ
家族と思われていないみたいで…
その感情を私は怒りにまとめているのだ

誰かが何かを行動したり、発言することに、
私の本当の気持ちは、
そう言われると淋しい…
そう行動されると悲しい…etc
だったりするのに、
私は全部、表現する時は怒りなんだ

誰も私にダメ出ししていないのに、
私をダメダメ人間扱いしていないのに、
実家で、
失敗したら最低な人間…地獄へ落ちる…
しっかりしないといけない…
と育てられて、刷り込まれて、
まんまとまだ、引きずっているのだ…

情けない… (つД`)ノ

でも、そんだけサバイバルしてきた私が 
今私として生きようとして存在しているのだけどね…


もういいじゃん、
自分に無理するのはやめよう

失敗してもいいじゃん
次どうするか…だよね
失敗してもいいんだ
何回失敗してもいいんだ
その次なのだよね
大切なのは…

私は自分を最低人間扱いしなくていい
私は自分をダメダメ人間扱いしなくていい

私はゆるゆる…にワクワクしているんだもの
        +゚。*(*´∀`*)*。゚+

うっかり、うっかりがあったっていいじゃん 
それが私なんだもん

そう、ゆるゆるな自分になっていけたら、
また見える世界が変わってくるのかもしれない p(*^-^*)q

私自身を見つめてみる

ジャイアンのことで悩んでいた自分
自分の過剰に認められたい気持ち
に悩んでいた私… 

そんな時、
私のSNSの周りでは『前者後者』という言葉が飛び交っていて、


なんじゃそりゃ…?


って思っていたんだけど、
自分の興味あることしか私はググったり、
ヤホーさんに聞いてみたりしないから、

まいっかぁ…

と思っていた

でも、知りたいなぁ~
でもどうして調べたらいいかわかんないなぁ~
とか、ちょっと悶々としていたんだと思う
本当の私

そしたら、ポンと目の前に
『前者後者』の説明が来たわけですよ~

おもしろ~い
知りたいって思ってたらやってきたわ~

と思って読んでみたら、
私は前者を演じようとしたいた後者だと気付いたのです

後者って、
いわゆる天然らしい…
私、天然って思われたくないから、
しっかりした自分になろうとしてるし、
興味ない話って聞いてるふりして全然聞いてない!
実は…
興味のあることはオタクと言われるくらい調べまくって、
詳しくなれる…
娘たちに質問されて答えられることは、
100%合ってるかわからないけど、
結構テキトーに言ってたりする…
けど、前者はきちんとググって正確に子どもに伝えられたりするらしい…

大ボケして変な質問するのも後者だって…
いや~、私だ… 

…とまぁ、それをどうとるかは自分…
なんだけど、
私はわざわざ自分で自分の生きにくい方向へ歩いてるなぁ…
もっとゆるゆるな生活でいいんじゃん…
と気づいたわけですよ

なので、
ちょっと方向修正…
ゆるゆる行くって…なんだか私には素敵な言葉 
わくわくする…  

気を抜かない、
戦闘態勢でいたわ…
ゆるゆる…になったら、
戦闘服も要らないもんね 

そしたら、ジャイアンのあれこれがあんまり気にならなくなった…

でも、嫌なところはイヤ
あら、シンプル…

このところ、
夜ヨガを2種類してます
一つは、ストレッチ性の高いB-lifeの体が温まるヨガ
もう一つは、癒し系のyogalogのヨガ

朝も娘たちが学校に行ったら、
b-lifeのヨガ2種類

たまに、日中腰痛や肩こりに効くヨガもやっている
気持ち良くて…
コレが心地いいことなのかなぁ…と
思いながらやっております

そうすると何となく、
周りのことより自分にフォーカスしやすくなる私…

しばらく続けていこう…
そして、ゆるゆる行こう…

自分を演じない

長女のバレエに行った時の事 


娘たちの行っているバレエは、

公共施設でやっているものの、

5月と12月にテストがある…

 

いつも5月の連休はバレエの練習で、

休みがないのも同じ

我が家はどこにも行く予定がないので、

ほぼ練習に参加する…

 

でも、今年は春休みにほぼ覚えてもらいたい

と先生の希望があり、

春休みに集中的に練習が入る…

 

私は、どうでもいいことだった…

娘たちを連れてどこかへ出かける予定もないし、

ジャイアンは家で寝ていたい人、

私は今は二人連れ歩くには、

パワーが足りない… 

 

私は、

娘たちの予定を把握していようと、

手帳にも書いているが、

実は頭はいっぱいいっぱいだ… 

 

バレエの先生が、

春休みの予定を話していたのに、

私は普段の日と同じように聞いていた…

 

練習時間が早くなった日に、

つい普段の状態で先生に、

来られないと言いかけた…

 

その時、長女と同じ学年のママが私に突っ込みを入れた…

 

 

mercyさん、春休みじゃん

 

 

その言い方がすごーく冷たく感じた

彼女の言い方が冷たいと感じたのは今回が始めてではない

そういう人だと思っていたけど、

優しい一面もあるのだ

そう思おうと思っていたところだったので…


そんな言い方しなくったって…

という自分、

今ままで、誰が早めに練習日の連絡を入れてると思うの?

見返りを求めている自分がいた

 


今日、たまたまブログを読んで思った

 

私は本当は、

いわゆる天然で、

物事を覚えたり、

その場の状況に合わせるのは苦手だ 

 

でも、家の外ではちゃんとした人間でいないといけないから

私は演じているのだ

ちゃんとした人間を…

 

ちゃんとした人間を演じきれていない私…

本来は自分にダメ出しするところを

相手に怒りを持ったのだ… 

 

私が私は天然で、とぼけてますけど何か?

と自分を受け入れていれば、

言われて

やっちゃった… 

ぐらいで済んだだろう

 

私がそうでありたい

なちゅらりずむの成田愛子さんの、

手放せば自然は優しい…という言葉に

私はが自分のこだわりや、

演じることを手放していたらそんな風に感じなかっただろう

 

自然は、

優しくないじゃん

優しくなんかないじゃん

冷たくされたじゃん

全然違うじゃん

 

でもそうではないのだ、

自然でない自分を私自身が私に怒ったのだ…

 

演じている自分を手放すのは怖いことだ、

不安だ

今までの自分のやっていたことをやめることになるから…

 

もう必要のないことなのだ

演じる自分には本当の気持ちはわからない

自分の好きなことも、

心地いいことも


 

演じている私は、

あたかもそれが自然のように振る舞い、

何かあると、

自分で自分を引き受けずに、

自分以外のせいにするのだ

 

演じている自分が好きそうなものなんて、偽物

演じている自分自身だって偽物なのだ

 

演じている自分から、

自分自身を解放しよう…

演じている自分を手放そう…

本当に手放すことが出来た時、

自然は優しく感じるのかもしれない…


私は私、

他の誰でもない私…なのだから… 



笑顔の封印、笑顔の再開

社会人になる前後、
もうその前からだろうか…
とにかく母から色々言われることが多かったから、
他人でも色々言う人は嫌いだった 

その言ってることの本当の意味がどういうことかなんて、
若い時は考えられなかったから、
言われた言葉が全てと思い、
本気にしていた

短大時代に、友人が「一緒にバイトしてくれない?」と言うので、
和風のファミレスでバイトした

私は別にいつもへらへら笑っているつもりはなく、
接客業だし、
外面が良いもんで、
よくニコニコしていたんだと思う 

同じ学生のバイトの男子に言われたのだ…
「何で笑ってんの?何か嬉しいことあったの?」
「別に…」

特養で働いている時もそうだった
「何でいつも笑ってんの?」
「そんなに嬉しいことがあるの?」
「別に…」

それも男子だったなぁ…
男子~、言う言葉気をつけないと女子は傷つくんだじょ!
(優しい男性の皆様は、スルーしてくださいね)

私はへらへらしているように見られて嫌だった
そのあと、無駄な笑顔は減らすよう努力したんだ… 

本当はそんなことしなくていいのに、
その男子たちはただそう思ったから言ったという、
小学生レベルの発言だったかもしれない…

ただね、同性に言われるより、異性に言われると言い方によっては
傷付くんだじょ!

娘を出産して、便利なビデオで生い立ちを撮り始めて気がついた私

顔がコワイ… 

もともと私は目鼻立ちがはっきりしている方なので、
化粧も濃いと水商売のお姉ちゃんのようになってしまうのだけど、
目が怖かった 

いかんいかん、これじゃあ、怖いオバチャンになってしまう…
「ママコワーイ」
とビデオを観て娘たちに言われたくない…

そう思って、なるべくニコニコしてるように気をつけているのだが、
一度封印しようとした笑顔を
元通りに戻すのはなかなか難しい… 

…そして、コツを覚えるようにした
とにかく口角を上げる…  

目が笑ってないのは、修行の身だけど… 

そして、子育てのために「かわいい」と言われた声もチョット封印
カラオケで高い音域の歌は歌えなくなったが、
キーキー声で怒りまくる母ちゃんより、
落ち着いた声で説明する母ちゃんの方が良いだろう…

あ、でも電話は口角上げて、
高めの声ですよ~ 

私が見た夢

連投、すみません 

昨晩私も眠れなくて、
眠りが浅いし、トイレに起きる回数多し… 


私は夢の中で妊娠中期に入る妊婦だった…
長女は産んだらしい…(なんとここは勘)

なぜか、そんなお腹で小学生と遊びまくり、
お腹が張ってしまった私は、
和室のある建物に運ばれると、
両親と姉がいる…長女は?よくわからない…ジャイアンもいないし…

和室はマッサージのお部屋みたいに、
5つ位にカーテンで仕切ってあって、
なぜか敷布団と掛布団…

奥になぜか今日亡くなってしまいそうな人がいて、
家族が全員集まってる模様…

私そんなところに寝てていいのか…
と疑問を持っていると、
表れたのはたまねぎオバサン、黒柳徹子さん…

え?なんで… 

でもね、私のお腹を触ってくれて、
「う~ん、コレはチョット大変な状態ね、生まれないかもしれないわ…」

えぇ~、次女が生まれるんですけど… 
と必死で夢の中で思う… 

しかし、なぜだか瀕死の方は復活してお帰りに…
お嫁さんと帰って行きました… 

私もお腹の子が危ないと言われているのに、
転院もせず、
他の病院へ行くこともなく、
家へ帰る… 
という、わけのわからない夢…

なんで黒柳徹子さんなんだろう…と未だにわからない… 

小学生の心の洗濯?

昨晩、長女が学校に行きたくなさそうだった
「喉が痛い」と言うので、
母の勘

長女自身、全日休むか、遅刻していくか悩んでいた 

入浴後から悩んでいたので、上記の二択にしてみたが、選べない
明日朝決めようと、寝かせたが、眠れなかったらしい…
夢の話をしてくれた…

問題は金曜日のお楽しみ会なのだと思う
長女は自分で立候補して、
景品係になった 

昨日帰ってきて、
「同じグループの男子の言っていることがよく分からない…」
と…

長女は長女なりに考えがあったのだろうが、
きっと言えなかったのだろうな…
今同じ係の女子が休んでいるから、
心細いよう… 

私は、長女の話を聞くうちに、
とりあえず作る個数は納得して作っているものの、
話し合いの結果が
自分の納得いくものではなかったのだと感じた
(私みたい…)

それと長女は話し合いが苦手なのかもしれない…
それは自分の意見を押し付ける、ジャイアンに関係しているかもしれない…
状況説明すら聞かずに、
「〇〇しろ!」
と娘たちに押し付けることがあるから…

私も押し付けているつもりはないけど、
長女のペースを乱しているのかもしれない
…でも、私の中では時間的なものの中では譲れないんだ

早寝早起きしてほしいから、
のんびり自分の好きなことをやっていると、
こうしてほしいから、
今やっていることはやめて
お風呂に入って早く寝てほしいと伝えるのだけど…

私は押し付けに気をつけてるけど、
ジャイアンはそうじゃないから、
自分の意見を言うことが苦手な長女なのかもしれない…

でもとにかく、その係活動で頑張りすぎているのは、
私の目からもわかるから、
連絡帳に私のわかる範囲の理由を書き
お休みさせて、
今の彼女はのんびりTVを見ている…  

いいんだ、漢字テストも、
6年生を送る会も頑張って自分の係をやり遂げたから、
とりあえず
のんびり休んで明日学校に行けたらいいね… 

これを私の両親へ言ったら注意されるんだけど…
家で安心できて、
明日学校に行けるんだったら、
いいじゃない…と考えてる私なのだ 

ちょっと思ったよ
何があっても今のところ学校に行く次女、
良くないかな~
どうする私?って…
やっぱり私、休ませるわ
今後何かあった時にどうするか答えを探すのは自分、
私ではない
今は逃げてるだけかもしれないけど、
自分で答えは見つけないとね

私は答えを探せるまで待つよ
時間がかかったとしても…
人それぞれ…だものね… 

認められるって?

母のことを書いていて、
母も嫁として祖母に認めてもらいたかったんだ…
と感じたこと

これは私にとっては大きな気づきだった

私が認められてもらいたい気持ち
いっぱいで、
相手の言う言葉さえ求めている状態… 

はぁ、相変わらず小さいっちゃね~(どこの言葉じゃい)
はい、私小さいですけど、何か…
いやいや、そんなことどうでもいいんだ、今は… 

母の認められたい気持ち
母の背中から感じて生きてきたんだ
私…

刷り込み…ではなく、
認められることにこだわる私が自然にできていたのかも…
かつ、母に認めてもらおうと頑張ってきちゃったから、
頑固な「認められたい」人間として育ってきちゃったわけだ…


やっだ~      認めてないね~ 自分…
もぉ~ 

でね、私は認めてもらえないとどう考えちゃうか
どう感じてしまうかっていうと、
怒り悲しみ寂しさ  
を感じるわけ

『無』っていうのは、
そのまま読んだ字のごとくで、
私は存在していない無

そこで、極端さが出てくる
それは、


恐怖

不安

なんだよね…

なんでそこまで感じるんだろう

以前感じた見捨てられ不安と似ている… 


カウンセリングでは100%認めないのではなく、
認めていいの
認める気持ちがあっていいの
問題は、どうしてその気持ちがそこまで大きくなってしまうかってこと…
何が大きくさせているかってこと…
そう言われたんだ~

今わかってるのは
母の影響
育ってきた環境
なのだと思うんだけど、
その先の細かいところはまだ出て来ないの

それって、『ボク』の存在でもあるんだろうか…
色々考えるけど、
あまり考えすぎちゃうのも良くないから、
時々聞いてみようと思うんだ、自分に…
「なんだろねぇ~」って…

そして、お空に文句言ってもしょうがないけど、
今日は寒いし、
ちょっとつらいよー
頓服飲んで、
の~んびり過ごしているから、
暖かくなるようもうちょっとお日様顔を出し下さいませ…

書き忘れ…(^_^;)

私には学年でいうと6年離れた姉がいる…

母が話してくれたのだけど、
姉と私の間には本当は兄が生まれてくる予定だったらしい

母の頃は医療が発達していなかったので、

母は7カ月で兄を生んでしまった
子宮口が赤ちゃんの重みで開いてしまったため…
私を身ごもった時は、父の東京転勤も決まっていたから、
母は私が生まれるまで病院で過ごした

だから、母が過干渉になるのは、
兄が生まれてこの世に存在できなかったこと、
に関係しているのかもしれない

私を放置しておくわりには、
私が病気になると私自身のせいにされ、
責任逃れをし、
自分の気に入らない人と私が仲良くしていれば、
友人関係に口を挟み、
服装も言われたことあったっけなぁ…
この縛りは、
私が安全に育たずに死んでしまうかもしれない…
という不安と恐怖からだったのかもしれない

母なりに兄に対する思い…なんだろう…と思う

赤ちゃんが低体重で予定日以前に生まれてしまったとしても、
今は助かる確率が高い
でも母の時代には難しかったから、
「いいわねぇ~、今は医療が発達して…。
 今だったら、あの時も助かったかもしれない…。」
私が次女を出産してからしばらくは、
言い続けていたこと
なかなか自分の思いを手放せなかったのだと思う

母は悪くない
医療が発達してなかったから…かもしれない
でも赤ちゃんが自分で生まれてくる日を選ぶように、
兄だったはずの赤ちゃんもその日に生まれてくることを選んだのかもしれない…

私だって、
完全には手放していないよ 

私が体外・顕微授精で受精したタマゴちゃんたち…
それを全部妊娠していたら、
すごいことになったかもしれないけど(人数が)、
保存保管料が高いからと…
破棄したこと
自分で殺人行為だと思った
細胞は生きてるんだもん

だからこそ、次女の子育てに力が入りすぎたのだと思う

長女の子育てをなぞればいいと思った私、
長女も次女も私から離れるのを嫌がった
それを赤ちゃんを泣かせたらいけないと思った私…
母乳を飲まない次女にこだわった私…

でも私が自分の問題を抱えて不安だから、
2人ともよく泣くのだと
当時の私は思っていた

最近成田愛子さんの書いたことを読んで、
彼女たちはただ私を求めて泣いていただけ
私のことが大好きだから泣いていたんだってことに気がついた

いつも一緒にいたかったんだよね~

そっかそっか、
受け取れてなかったね~
母ちゃん… 

もっともっと娘たちが愛おしく思った…  

この世に存在できなかったタマゴちゃんたちへの思いは、
娘たちへの愛情に変える… 

それしかできないもん
私… 

母とは状況が違うけど、
でも、母と同じような思いなんだよ

それをちゃんと子どもが育つかどうかよりも、
愛情で溢れる方に回したい…私…

母のことを思いつつ、
私はこんな決心をしたんだった…というお話でした 


私の考察 ②

私がまだ母と共依存で
私が『毒親』と思っていた頃は、
自分が生まれてきた環境をただただ嘆いた… 

『毒親』、『母が重い』、『母がしんどい』…
そう思うのは、
自分の環境の分岐点になる時が多いらしい…(カウンセラー談)

私は長女の出産を機に、そう思った… 

ツラかった
長女を産んでも自分が生まれてきたことに
肯定感を持てなかったから
娘はかわいいけど、
どこか客観的に見ている私がいた 

母を嫌いになる自分がどんどん嫌だった…
ネットでもビシバシ叩かれたからね…
「親不孝者」「誰が産んできてくれたと思っているのか」
「親に感謝できないようなあなたはサイテー」etc.

子育て相談で
そういう私がおかしくないこと、
グループワークで同じような人がいたこと
私だけじゃないんだ…という安心感

丁度次女を産んだ後は、
本まで出始めた

一番最初に読んだのは、海原純子さんの本
いかに親の言葉かけで子どもが変化することが書いてあった…
(保育科の時も言葉かけは散々やった)

そのあと、雑誌で取り上げられいれば読み、
本を少しずつ揃えていった

でも、カウンセリングで言われたけれど、
私の育ってきた環境は悪くはない…否定はしない…
生きづらい人生だったけど、
今そこから変わろうとしている自分がいること、
変ろう
連鎖をなくそう
そう決心した自分がいること
それだけでもいい… 

自分の育ってきた背景に色々あったこと、
それを理解して、
両親を赦すことが出来たら、
私は娘たちがう~んと愛おしい存在になったのだ… 

友人は「〇〇ちゃん、かわいいね~」とか、
「かわいいから、ぎゅうしちゃう」
と他人の前でも言っていて
カルチャーショックを受けたんだった… 

『私言えな~い』と『それって、子どもに言って良いことなんだ』って… 
今は平気で言える 
長女はウザいみたいだから、
彼女が望んだ時に140センチ抱っこ、頭なでなで、抱きしめる、手を繋ぐ… 
次女は言われるのも、スキンシップも大好き 
何かで「何で?」って聞かれたときも
「ゆっちゃんがかわいいからだよ」って頭を撫でるとニコニコして、
「ママ大好き」と言ってくる
私は「ありがとう」と伝えるんだ…
豊かな循環… 

それでいいのだ…

自分の課題は自分の課題、それ以外は私が処理する必要はないのだ
そして認められることも… 

40年以上それが当たり前として生きてきて、
なかなかその癖を直すことは難しい…
カウンセラーによると欠点をゼロにすることではなく、
欠点の行き過ぎを防ぐこと…
つまりは
自分の長所、短所といかに付き合っていくか…
ということになるのだろう…

まだ課題はいっぱいにゃ 


私の考察 ①

私の両親は、戦争を経験している
父が朝鮮でどのように生活していたかは、
尋ねたことがないからわからない

ただ、両親とも戦争に対する不安や恐怖、
毎日生きていくだけで精一杯の生活
そんな経験をしてきたなら
戦争は両親のトラウマになるだろう…

高度成長期の日本、
そこで生活していたなら、
豊かに生活するために頑張るのが当たり前、
自己犠牲は当たり前
自分のことなどに余裕はなかったと思う

特に私の母は、
嫁姑でもめないよう良い嫁になる…と決めて父と結婚したから…
私が
「私はもう良い嫁になろうとは思わない。相手の親に気に入られようと努力はしない」
と再婚してから母に伝えた時に、
「mercyはそれでいい。お母さんみたいになっちゃうから、良い嫁になんてならなくていいのよ」
そう言われたことがある
そこにも表れているように、
母はとても頑張ってきたのだ
その母の背中を見て育ってきたから、
私は初婚で嫁として認められることにこだわり洗礼を受けた(失敗したとは思ってないよ)

私は特養や在宅介護で嫁姑問題を見てきたから、
上手くいかない前提でいた
お互いに寄り添わなければ、
どちらかが頑張ってもしょうがないのだ…と自分の中に答えは出ていた

父は高度成長期だったから、仕事に一生懸命だったのと、
そのストレスを趣味のテニスに向けた

母は祖父母のことをすべて任された
結婚してしばらくして
祖父母と同居して母が言われたことは、
「今日からお台所は、あなたがやってね」
だった

祖母が父の結婚相手を決めていたのにもかかわらず、
母と結婚した父
祖母から母への風当たりが強かったのは想像できる…

母は色んなことを祖母に言われている
唯一褒められたのは『電話の対応』なのだそう…
一生懸命良い嫁をやろうとした母…

その母と、両親の愛情を受けて育ったとは言い難い父が、
戦争のトラウマを持っている両親が、
果たして豊かな子育てができるだろうか…

無理でしょう… 人によりけりだと思いますが…

姉と私に愛情がなかったのではなく、
何が愛情だかわからなかった父(だから時には厳しく平手打ちがくる)、
祖父母を見ながら家事をして子育てをしていた母、
愛情に溢れているとは言い難かった祖父母、
そこで愛情に溢れた子育ては無理だろう…

祖父母を見ながらの子育て、
良い嫁として存在しなければならないと決めた母、
その母が無関心と過干渉を繰り返したのはしょうがないと思うのだ

無関心は多分祖父母に一生懸命で母に余裕がなく、
やってらんない感情を押し付けられたとき…
でも放置して不安になると急に過干渉になり、
あれこれうるさい母

母も嫁として認められたかったのかもしれない…

だから祖母を病院へ入れても、
時々見舞い、
東京に帰ってきてからは祖母の病院へ毎日行っていた

そして祖母が亡くなった時に、
頑張っていた糸がプツンと切れて倒れたのだ

私は祖母にエンジェルケアができなかったことを悔いていたが、
母は安心したのだと思う
今までのことに…
もう頑張らなくてもいいと…

両親の育ってきた背景と、
両親のことを考えた時、
私はただ2人とも一人の人間として赦そう…そう思えたのだ…

考察②へ続く… 





親の生い立ちを考える(母の場合)

母は農家で育った
母の母、つまり祖母は小さい時に両親を亡くし、
祖父が婿入りしたらしい…

「おばあちゃんは、小さい時に両親が亡くなってかわいそうな人だったのよ」
と母から聞いたことがある

戦争が始まった時、
母は小学生だった

近くに飛行機を製造しているところがあり、
かなり爆撃が酷かったらしい…

近くの大きな農家には怪我をした人などが運ばれて、
痛みなどに苦しんでいる声が母に聞こえたようだった

爆撃で、
学校だったところの屋根に爆撃の影響で、
たくさんの死体がのっていたらしい…

多分私が想像するに、
道だって無残な状況だったに違いない…

母はそれを自分の感情を入れず、
淡々と話してくれた

私の知っている母の兄弟姉妹は母も含め5人、
でも、本当は3人くらい兄がいたそうだ…
農家で決して繁盛しているわけではない生活、
戦争間近だったこともあり、
栄養不足や病気で亡くなったらしい…

農家でたくさんあった土地も、
親戚の事業が失敗する度に売られ、
小さな土地になったとのこと

それでも幼稚園経営ができるほどの土地は残っていた

母は、
高度成長期に父と社内恋愛で結婚した

母は長男夫婦を独身時代見てきたから、
兄嫁が祖母と合わないことを近くで見てきた…
だからこそ、「私はお姑さんと上手くやっていくわ」と言っていたらしい
それもあったから、
父は母を選んだのではないかと私は母に言われたことがある

でも、父方の祖母は自分の母親と違う
母がよく言っていたのは「お母さんは田舎育ちだから…」
ハムも父と結婚して初めて知ったと言っていた

「お父さんはね、おばあちゃんが足を悪いことをお母さんに言ってなかったのよ。
 多分言ったら結婚してもらえないって思って、言わなかったのね」
と母から聞いたことがある
実際結婚してから知ったのだとか…

私の考察へ続く…





親の生い立ちを考える(父の場合)

どうして「毒親」という言葉が出てきたか…
それは、高橋リエさんによると戦時中、戦後を生き抜いてきた世代が多いから…
なんだそう

*詳しく知りたい方は、名前にリンク貼っていますので、そちらから…

戦時中に生きるか死ぬかの毎日の生活を送り、
戦後高度成長期で、頑張って仕事をする毎日…
生きることにに精一杯だったのではないか…ということ

高橋さんはそのようなことも書いている…


私の父はあるの有名な一家に生を受けた…
そのまま長男だったら、跡継ぎになっていたかもしれない…
でも、父の両親は父が赤ちゃんの時に離婚している
父は、母方の兄弟姉妹と共に育ったのだ
そして、当時跡取りのいなかった今の私の実家に養子に来ている…
物心ついてからだ…

その当時は家を継ぐ者がいないと養子をとるのは当たり前のようだった
しかも、それなりに良いお家だったから…

父を養子にした家(祖父母)は、
戦前から入浴後もきちんと着物を着るような家
都内のお手伝いさんがいる家だった
祖父母の様子だと、
父が養子に来ても愛情を受ける…とは程遠そうな厳しい家だったに違いない…
私は離婚した親の家庭で育ったことがないから、
父の気持ちが全てわかるわけではないけれど…

祖母には足が悪いのに、
嫁に引き取ってくださった…と負い目があったようだった(祖母談)

戦時中、祖父が今のNTTで働いていたから、
父は朝鮮で過ごし、
戦後、引き上げ船で日本に帰って来たそうだ
その当時大変だった様子が、
危うく船に乗る前に
祖父母と離れ離れになりそうだったと言う話

無事に帰って来たから言えることだが、
「中国残留孤児になっていたかもしれない」
なんて話が出たことがある

帰国後も、
住む場所がなく親戚の家を転々と暮らしていたらしい…
初めは祖父の弟夫婦と他の親戚と住んでいて、
良い生活をしていた祖母とその義理の妹は、
着物を持って、
東京の杉並区から千葉まで歩き、
さつまいもに交換してもらい生活していたそうだ(祖母談)

父はその後も祖父母と四国へ渡り、
四国も転々と暮らしていたようだ…
高校は高知の高校を出ている父、
大学に入るために東京に出て来て、
家を買い(今の実家)
そこに住みながら大学に通ったらしい…

父は高校から実父には度々会っていたらしい…
実母は実父と別れてから、
別の人と結婚し会っていないようだったけど…

母が「父は冷たい人」だと言うが、
私は父の話を聞いて保育科に進み、
父はものすごく複雑な気持ちを持ちつつ、
それを押さえて生きてきたのではないかと思った…
その間に実父は亡くなり、
私は実祖父には一度も会ったことがない…
母が言っていたけれど、
異母兄弟の弟は父とよく似ていたらしい…

実祖母には2回会った
私が長女を会わせてあげたいと言ったが(母も賛成してくれた)
父は一人で行き、
写メの長女を見せたそうだ…
実祖母は寝たきりで目が悪いのに…しょぼん… 
ここにも父の複雑な気持ちが表れていたように、
今は思う

高度成長期まっただ中で仕事に就いた父、
そこで母と出会ったのだが、
母方の祖母は父に「公務員と結婚してほしかった」と言った…
父は「私は公務員ではないけれど、それだけの仕事をします」
と言って母と結婚したらしい(母談)

母方の祖母に恥じぬようだったのか、
元々の性格だったのか、わからないけれど、
父は中小企業から大きい会社に吸収合併する時も、
戦力として残されたのだ…

人間関係も幅の広い人だった
父に言わせると社長ともやりあったのだそうだ…

父が定年退職し、
調理師の学校に通い、
居酒屋を開くとよく会社の後輩や
元社長、
専門学校で一緒だった人などが飲みに来た
地元でテニスクラブにも所属していたので、
その当時の仲間も来た

これが私の父なのだ…

母へ続く…







ACの私が家族を考えた

最近終了したNHKのドラマ、
『お母さん、娘をやめてもいいですか』
が終了して、
思うこと色々…
しばらく毒親テーマで書こうかと…

興味のない方はスルーしてくださいね~


私の場合はドラマのように、
母親を始めとする家族の顔色(祖父母、両親、姉)をうかがい、
私の環境に属する大人の顔色をうかがい、
生きてきた

私と母はカウンセラーに言わせると、
共依存らしい…

それを40年以上続けてきて、
母の常識を頭に叩きこまれ、
家の常識を叩きこまれ、
わかりやすく言うと母親教という宗教に洗脳されてしまったようだった…

私は長女を産んで、
「何かおかしい」
と気がついた…  

子育てで気がつく人は多いと聞いていたけれど…
私はその前にも保育士の講義で、
「愛着関係」の話をされる度に、
ウチと違う…ということに気がついていた…
でも、どうしていいのか、わからなかったのだ…

私はあのドラマの斉藤由貴のように、
母から逃げるために結婚を繰り返した

1人暮らしもさせてもらえず、
自分の進みたいところにも進めず窮屈だった
母から離れるには結婚しかないと思ったから

あのドラマでは、
毒親に対して斉藤由貴と波留が体を張ってケンカをするシーンがあったけど、
いわゆる対決なのだ

心理監修の信田さんだからこそ、
私にとってはホラードラマになったのだ

私が読んだ
対決方法が書いてある

毒親との対決の時期
毒親との対決方法まで…

私は母が私を理解する人ではなく、
自分の常識を押し付け(悪く言うとね)
自分の考え方が正しい…と信じているので、  違う意味でジャイアンも… 
この対決は無理だと思っていた…

案の定
カウンセラーに理解してもらうのは諦めましょう
と言われ、
私はどう母を諦めるか悩んだ 

今思うと悩んだ時に
感覚を豊かにしておけば
その時に答えは向こうからやってくる…気がする

その時に知ったのが、
私のブログに何回も出てくる高橋リエさんだ
私はとにかく彼女のメルマガを読みまくった
悩む度に同じところを何回も読んだかもしれない
他の毒親に関する本も読んでみたけど、
私にとって一番しっくりくるのは高橋リエさんだったのだ

読んでいるうちに、
リエさんの読者の方々がおっしゃるように、
私も自然と両親や姉を一人の人間として見ていた
それは、
私が彼らの育った背景を考えたから、


相手の立場になって考える


それが初めてできた時だと思う

でも、私が一番心に響いたのは、
「親を嫌ってもいい」という選択肢
カウンセラーにも100%好きになるのは無理、
好きと嫌いがあっていい
そのゆるゆる感がよかったのかもしれない

きっと私のことだから、

許さなくてはならない
好きにならなくてはならない
嫌いになってはならない

と真面目に取り組んでいただろうから…

さて、次は私が両親や姉のどんな背景に気づいたか書いてみよう…
今日はここまで

何回も同じこと書いてるかもしれないけど、
自分自身が元の場所に戻らないように、
おさらいしてます

そして、この文章は木曜日に書いた
週末に湯冷めして、
発熱、咳喘息で、寝たきりに戻ってしまったから…

この時期、体に気をつけましょう…

相手に自分の気持ちを伝える

ジャイアンに「まかない」の件で怒りを持ったまま、
生活しずらいけど、
はけ口のない感情を持ち、
生活していた

でも、その感情と向き合うのは自分…
自分の怒りと向き合ってみた 

DSC_0382.jpg 

コレは、私のカウンセラーが私用に作ってくれた
色んな感情と向き合うためのシート
これを書いていくと
いつか実際紙に書かなくても、
頭の中で整理できる…
と先生から言われている…

白紙のところが多いのは
これ以上書けなかったから 

DSC_0383.jpg 

こっちは、本当に自分が怒りを感じたところのみをフォーカス
赤で書いてある文字は後からの自分の気づき 

私、相手に自分の気持ちを伝えること、
事実、状況を伝えること…
の大事な部分が抜けていたことに気がついた

ばっかじゃーん
って思う人もいると思うけど、
誰かに言われても自分が腑に落ちないと私はダメなのだよ 

私は相手に自分の怒りの気持ちという事実を理由と共に伝える、
相手がどう受け取り、
どう行動するかは私の問題ではないのだ


あぁ~、豊かな循環が崩れると、
ネガティブグルグルな自分になるわ~ 

多分受けとめてもらおうとした相手が悪かったな…
余計なことまで言われたしな…
あ、母です 

ジャイアンの部屋が汚くて掃除しなさいと言う問題は、
今は私の問題じゃないから
言わない
自分で汚いから片付けようって思わないと、
無理だしね
私は片付けないんだ
どこに何が入っているかわからない人になってほしくないからね
優しい奥さんだと思ってもらわなくていいよ
私は自分が大事だもん

それこそ私は、妻はお手伝いさんじゃないし、
ジャイアンの部屋の片づけは私の快な気持ちにはならない

またまた伝えていくよ
ジャイアンがどう受け止めようが言えるときに
自分の気持ち…
娘たちを守る言葉…

あ!そっかぁ、手放すってこういうことでもあるんだなぁ
肩の荷物を置くってこういうことでもあるのだ…

なんか私の尊敬する人や、
友人に言われた言葉が今腑に落ちたわ~ 

どんだけ時間かかってんじゃいっ  
って、自分に突っ込み入れておこう… 

時間の国のアーリー

昨晩見た夢なんだけど、
おとぎ話のような夢で、
娘たちが読めるように小説にしようかとも思った
とりあえずこっちに書いちゃおうっと…


ここはどこ?
って思った…

だってね、
私の友達らしき人が、
「〇〇マミー」というお店のレアチーズケーキは絶品だよ
って言うから、
探しに来たの

アンティークな感じのお店がぎゅうぎゅうに建ってるうちの一軒、
それが「〇〇マミー」というお店らしかった

うすーい黄緑色の屋根、
お店の中に入ろうと思ったら、
みんな周りはアンティークな建物
「〇〇マミー」も見かけはアンティークなんだけど、
あは☆
…なんで普通の上部がガラス、下部が模様の入った曇りガラスの引き戸なの?

カラカラ…って戸を開けると、
狭いお部屋に大きなおばあさんが3人…
ネコがいっぱい…

レアチーズケーキの美味しいお店のはずなのに、
なんだかお店の中はぐちゃぐちゃ…

念のため私は聞いたの
「ここ、レアチーズケーキの美味しいお店ですよね」
って…

そうしたら大きい3人のおばあさんの一人が、
「そうだよ、お座り…」
と言ったの

座ったのだけど、
ちっともレアチーズケーキの美味しそうなお店には思えなかった

だってね、
長ーい食パンや、猫の缶詰や色々置いてあるんだけど、
小さなアリがたくさん這っていて、
お店もキレイじゃないんですもの

おばあさんに注文しても、
色々違う話題に変ってしまって、
ちっともレアチーズケーキは出て来ないの

食べたいのになぁ…

そうしたら、
食べる前に私はどうやらお店を出てしまったのね…

気がついたら道を歩いていたの

道の両脇には、
ウサギ、猫、カンガルー(?)がいるのだけど、
それらはそれぞれ、
ピンクの毛だったり、カラフルなパルテルカラーだった

へーんなの

そして、今度は私、家に帰ったの
見たこともない素敵な大きなお家

2階に上がる階段なんて、
間が空いていて、
ガラスで出来ているのよ

そこを登っていると、
お父さんとお姉ちゃんに怒られた
「洗濯しなさい」だったかしら…

私は怒って言ったのよ
「そうやって急に言うから…」

そうしたら私は夢から覚めたわ…何だったのかしらあの世界…


これをデフォルメしたらいいかなって起きてから思っちゃった
しかも最後のセリフは実際言ってたと思う
私寝言言うから…

姉にも「ばか」って大きな声で言ったことがあるし、
その後も痴漢を追いかけて捕まえた!って思ったら前夫の頭だったり…
   ↑
両方とも寝たふりしてごまかした… 

今回も娘たち見たけど、
爆睡していてよかった…とホッとしたよ  

私の夢は映画のようでリアルに記憶に残るのだ…
変な夢だけど、面白かった
何でカンガルーなのかわからないけど…


諦める方法って…?

今怒りを感じているmercyっす 
それで布団もぐりこみ生活っす

何でかっつーと、
ジャイアンが何かと私が精神障害者として利用しているヘルパーさんを、
「まかない」と呼ぶからである

あのね、
私自慢じゃないけど私介護福祉士の資格がありまして、
特養や在宅支援センター、
ジャイアンと結婚した時も企業ヘルパーとして働いておりました

ジャイアンは有料老人ホームを自分の会社で建てて、
自分はそこの事務として働き、
私をわざわざ自分の働いていた元職場まで連れて行ったことがある
(建築関係ってこのビルウチで作ったんだーって自慢するところがあるようだ)

でもね、我が家に来てくださるヘルパーさんに対して、
「まかない」と言うのだ

多分ね、
食事を作ってくれるからだからと思うんだけど、
「まかない」じゃないのね
『ヘルパー』だったり『介護福祉士』という資格を持っている人が多いんだよ

次からヘルパーさんの名前を家で話すことにするとはジャイアンに伝えたけど、
私は精神障碍者の私が受けているサービスを提供してくださる方を
低評価に見ているんだ…
と思ったら自分のしてきた仕事全部が否定されているように感じた…

私、ジャイアンに対しても認めてほしい気持ち
バリバリなんだなぁ~
と悲しくも思ったけど… 

でもね、自分が誇りに思って働いてきた仕事を「まかない」と言われることに、
納得できなかった
これは私の仕事に対するプライド 

私は90%税金で、10%の費用を負担して払っている
つまりね、介護保険より安いわけですよ、奥さん

それをジャイアンは「税金収めているんだからいいんだよ」と軽く言う
だったら「ヘルパー」さんに敬意をはらえっつーの 

以前だって食事作るサービスを探したら、
シルバー人材センターで
「みなさん、お食事作るの大変なのよ~。だから人様の食事まで…、ねぇ~」
という断り方をされた

わかるよ
献立立てたり大変なこと
でもこっちだってサボってるわけじゃなくて、
献立立てたり、
買い物すら行けないから頼んでいるの+
そういう断り方ってどうなんだろう…って思ったよ

私は今回のことで、
ジャイアンにメールを書いた

私が今までしてきたことは何なのだろう…と思ったから、
仕事に対する誇りが無くなっちゃうから…

でも返ってきた言葉が、
「承知しました」
なんだよね~

仕事を侮辱した相手に言う言葉か~
と思うんだけど、
わからないんだろうなぁ~

相手に悪いことをした時は、
「ごめんなさい」だよ


どうしたら相手を諦められるのだろう…
どうしたらその言葉を簡単に横へ流せるのだろう…

認められたいと相手に思うから無理なのか…
認められるとかそういうものを乗り越えるには、
どうしたらいいのだろう…

私は認められることなく生きてきた大人…
それを選んだのは自分だけど、
でも認められたことのない人間には
認めてもらうって魅力的なことなんだよね…

それを諦めるってどういうことだろう…
それがわからなくて、
イライラする自分
自分を陥れてるの
起きられなくなった私…

でもね、
希望は捨てていないよ
いつか分かることだと信じているから…

それまでは娘たちに当たらないように、
この感情から逃げるのだ… 





私が感じた神様

今日は完全なるスピリチュアルな話かも…
信じるも信じないもあなたにお任せ… 

私は初婚でカトリックの洗礼を受け、
教会に毎週行ったり、
金曜日は魚料理、
食べる前などのあらゆる祈り…
をしているわけではないけど、
一応信者なのだ

まだ教会に行くことが出来て、
信頼を寄せる信者さんがいた頃(以下Aさん)、
やはりカトリックは自然を求めるところがあるから、
子宮内膜症で妊娠しにくい私は、
不妊治療は自然でないと止められたことがある…

その前に、Aさんの知り合いの信者さんだけど、
スピリチュアルな方の所へ連れて行ってもらったことがある…
その時私の後ろにはマリア様がいると、
おしえてくださったのだ

私は普段からロザリオ(お祈りなどに使うもの)を
お守りとして持ち歩いているし、
家にも奇跡が起こった土地で友人が購入してくれたマリア像がある

ただそれだけなんだけど、
これはマリア様にしっかり感謝しないと…
と思って教会でマリア像にお礼を心から伝えていた 

カトリックは離婚がタブーなので、
審議してもらいジャイアンと結婚することになった
私が離婚裁判中に心を壊してしまうほど苦しんだのに、
カトリックを捨てなかったと
神父様が喜んでくださって、
自ら式も挙げてくださると言って下さったのだ… 

必ず神様からのお恵みがある…

そう神父様に言われてた
でも不妊治療とカトリックの考え方に悩み
それでも長女を産むことが出来た時
神父様に長女を不妊治療で授かった事実を伝えた…

何を自然と考えるかだよ…
こうやって子どもを授かれたのは、
既に神様のお恵みだよ

そう言われて、
私は何があってもカトリックは捨てないと固く決意したのだ

そしてマリア様にそっと感謝したのだ

うつの酷い時は、
「どうしてこんなに苦しまなきゃいけないの?」
何度もそう思った…

教会に行けなくなった自分に強い罪悪感を感じていた
本当はどこでもお祈りはできる…
そうなんだけど、
私は今のヨガのように、
誰か導いてくれる人がいると祈りやすいのだ…
だから家では時々食前に(一人の時ね)お祈りしたり、
ステンドグラスで作られた十字架を見るだけなのだ…

去年のクリスマスに
「おいで」
と神様に言われている気がして、
教会へ一人で行った

帰る時だったかな…?

いつでも私のところへおいで…

という声が聞こえた…

私は勝手に自分に早い死期が近づくと理解してしまったが
そうではなく
神様は
死ぬ時は自然においで…
いつでも教会においで
ということを私に伝えてくださったのだと思った

毎回、自分を赦せないから人を赦せなくて、
御ミサの度に泣いていた私だったけど、
その日は泣かなかった
泣く必要はなかった

自分でどんな自分でもこの世に生きてていいのだ
と赦したように
どんな人でも存在していていいのだ
…と人を赦すことが出来たからだと思う

お祈りの時間は、
毎回神様に反省の言葉を伝えていたけれど、
その時は「世界の平和」を心から強く願った

これね、 母にも ジャイアンにも 話したけど 信じてもらえなかったんだ でもいいの これは私の世界だし 私自身のこと…

自分の使命って…etc (長文です)

ちょっと、スピリチュアルな話かもしれないけれど、
私はなぜこの世に生まれてきたか…
と思った時に、
私の代で毒親の連鎖を止めるため…
と思っている

それは高橋リエさんのメルマガからそう思ったのだけど、
でも「やんちゃな神様…」の金城さんから考えたら、
連鎖を止めるために私は私の家族を選んで生まれたのかもしれない

それはジャイアンに対してもそうなのだ…と思う…

母から逃げたくてジャイアンを選んで再婚したけれど、
でも両方の毒親からの連鎖を断ち切るために、
私はジャイアンを選んだのかもしれない…

ジャイアンは義妹が気にしていた、
義父がジャイアンに
「自分が厳しい躾けをして申し訳なかった」
という謝罪の言葉を既に義父から聞いていた

「ジャイアンの所は女の子だから、厳しくし過ぎるな…」
と義父から言われたそうだ…

でも、軍隊のように声掛けするジャイアン、
それは自分の親の躾け方と寮でのルールでそうなったのだと思う

子どもが生まれた時に
親が自分で気づかなければ、
自分の親と同じ表現を子どもに使ってしまいやすい…

私ややはり心に問題を抱えながら子育てしている人は、
「今の言葉って親から言われた言葉だ…」
と思うようだ…

カウンセラーは
躾けられた人からの言葉しか知らないから、しょうがない
でも気づいた時に変えればいい…
そう言っていた

そして、そんな使命を抱えてこの世に存在するなら
本当にやりたいと思っている
自分と同じような人を支えたいという仕事はどうするの?
となるんだけれど、

絶対に…とここでその言葉を使ってしまったら、
私はうつを治すことに焦ってしまうだろう… 

そうではなくて、
今私が使命感を感じていることが終わってから…
ジャイアンのことは気長に考えていくとしても、
私のうつもしばらくは持病として付き合って行こうと思う…

ツライ時もあるけれど、
何しろ「明るいうつ」なんで…

今日もヘルパーさんに話したら、
笑われた

でも、「死にたいって考えないの?」
って聞かれた…

私、そういうところ変に冷静なんだよね~

初めて自殺を考えたのは小5の時、
自分が悪いと思って友人に謝ったけど、
許される行為じゃなかった、
相手の気が済まなかったらしく、
ほぼ誰も友達がいなくて、
家でも居場所ないし、
生きててもしょうがないって思った、
自分を消すことを考えていたのだ

でも、一人みんなの前以外で仲良くしてくれる子がね、言ったの
「飛び降り自殺がいいかもしれないけど、落ちていくとともに耳から血が噴き出すんだって、
 キレイじゃないよ」
それで私はとどまった…

その後も自分がいなくなる方法考えて、
リストカットしようとしたことも、
首絞めてみたこともある…

でもね、
どうやって死んだらいいかな?
誰にも迷惑かけたくないもん

そう思ったら、
電車に飛び込むと
遺族が電車が動かなかった分のお金を支払うと聞いて止めようと思った

飛び降りはね、
今大抵のビルやマンションの屋上は入れないの
崖は自殺者に考え直すよう声を掛ける人が巡回している…
樹海もそうだ…

じゃあ、薬飲んじゃえば?
嘔吐恐怖症だから胃洗浄はイヤ…

首を絞めようとした時、
2階で母が次女を抱いているはずなのに、
急に泣き出した

あ、私は死んではいけない
次女が「ママ死なないで…」と新生児なのにそう泣いているようだった
その鳴き声に踏みとどまった私…

ここまでくるのだって、
今だってまた考えるかもしれないけど、
私の核なんだろうか…
「生きるんだよ」
と、冷静に考える中にその言葉が隠れているような気がする…

だから、考えても、
もう行動には出さない

愛する人たちを悲しませたくないもん

あと、神様と約束したから(詳しくは今度…)

ツライ時は泣きたくなるくらい辛くなるけど、
それでもいいや…
昨日スタバの抹茶ラテ飲みながら思ったんだ… 

金城さんの本にだいぶ慰められた…
本が読めなくても、
読みたいと思った時に、
感覚を研ぎ澄ませていたら、
自分はどう生きていったらいいか書いてあった
どんだけグッドタイミングなのだろう…

そして、これからもやめない
心地よさを求めて生きていくこと
心地よさを知ること



毒親は愛情豊か…かも…

私が自分を変えるために読み始めた
高橋リエさんのブログには、
毒親育ちの方々、自分が毒親になってしまった方々…
そういう方々のことが書かれている…
100パーセントそうではないことはわかっているが、
私もいわゆる毒親育ち… 

そうなると姉と重なるところがたくさんあるのだ…
毒親育ちの人は仕事が長続きしにくいそうだ…(私もそうだった)
職場にトラウマ(本人は気づいていない)があるのが原因らしい…
お金にルーズ…

気分屋は書いてなかったけど…

私は、姉はそう生きる選択をするしかなかったのだと思う
私は母から離れるために家を出る選択をしたけれど…
姉も被害者…と考えたら同情はできる…
でも、共感はできない…

私たちの両親は表現の仕方が間違っているものの、
私たちに愛情を注いでくれたのは間違いないのだ…

母が父が週末はテニスに行ってしまい、
テニス未亡人だとぼやいていたけど、
父は家にいたくなかったのかもしれない
仕事のストレス発散のためにテニスへ出かけていた…
そう思うと父が悪いとは思えない

母は祖父母の世話を任されて
大変だったと思う…
しかもドロドロの昼ドラのように
母が姉を身ごもっている時に、
祖母は父と結婚してもらいたかったお嬢さんを連れて、
悪阻で寝込んだ母の元を訪れている

母からその話を聞いた時は信じられなかった
(父は養子なので、祖母は妊娠出産の経験はありません)
それ以外にもチクチク嫌味を言われた母…
今の私には、
なぜ祖母を卒業研究の対象にしたのに、
何も告げず老人病院へ入れてしまったかがわかる…
母も母なりに生きていたこともわかる…
母も苦しむだけ苦しんだのだ

「お姑さんとも上手くやっていける」と言ってしまった自分の言葉に、
責任を持ってどうにかやり遂げたのだ…

何しろ戦時中を体験している毒親さんは、
何事も心配で不安なことが多いらしい…
毎日生きていけるか不安だっただろうから…
父なんて朝鮮にいて戦後日本へ帰って来たのだ…

私は「今の子育ては違うんだよ」とは両親に言わない…
両親も気づいていない戦争のトラウマを持ったまま、
今を生きていると思うから…

ただ、それでも私は両親に愛情を感じられたのだ…

姉は、わからない…ホンネ… 

今は姉のことまで考えてられない
両親のことも結構テキトーなのだ

私には自分の家族がいるから、
私自身を大切に、娘たちを大切に、そして家族なのだ…

ジャイアンは
横にチョット置いておきます
そうしないと自分に集中できないので…あしからず…

姉に流されないようにしないと…
娘たちに居心地のいい環境で過ごせるよう考えないと…

昨日、スープだけ作ったんだ…
誰も飲まなくていい…
私のものだから… 

そうしていったら、
何だか台所に立つのも、
お惣菜を買うのも、
苦しくなくなるのかもしれない… 

少しずつ、少しずつ…
焦らず焦らず…
ぼちぼち…

母と娘

私はジャイアンにウザいと思っていた理由…
それは実はジャイアンには全く関係ない理由だった… 

今、母が風邪をひいて寝たきりになっているので、
食事を姉に作ってもらっているところなのだ…
その姉が私にとって問題なのだ… 

以前にも姉がブログに登場したけど…

今NHKのドラマ「お母さん、娘をやめていいですか」に重なるところがある…
(明日最終回)

姉は私が生まれる前、
父にかなり厳しく育てられたようだ

遊びに行って泣いて帰ってくるなら、遊びに行くな」
そう父に言われていじめる側になったのだと… 

薬が飲みこめなくて、
口の中に溜めていたら、
平手打ちされたこともあるそうだ… 

私が生まれる前、
本当は兄がいたはずだったけど、
この世に誕生できなかった

私が母のお腹にいるとき、
母は生まれてくるはずの兄がダメだったこと、
早くに東京へ父が転勤してしまったこともあり、
私が生まれるまで病院で過ごした

姉は母の実家が幼稚園…ということもあり、
私を連れて東京に帰るまで、
母の実家にいた

毎晩
「来なきゃよかった」
と言っていたそう
姉、4、5歳の頃… 

そんな姉は、私が生まれて父の祖父母と一緒に生活しても、
愛情に満ち溢れた生活とは程遠かっただろう…(祖母が厳しかったから)

父に厳しく育てられたのもあって、
長いこと母を独り占めできたのに、
私が生まれて、
体の弱い私に母が手をかけることが多くて、
姉は淋しくて、
気分屋として生きていくことを選択したのだろうか…

私が初婚で家から出て、
しばらくした時、
母は
「お姉ちゃん、仕事しても家のことなにも手伝わないから、一人暮らしさせてみるわ」
と…

姉は家にいたいのならそう言えばよかったのに、
両親がすすめるがまま、駅に近い古いマンションを購入し、
引っ越した

姉が引っ越して、
母はそのまま放っておくと思った…

でも、母は姉のいない時間に姉がどのように暮らしているか見に行ったのだ
(斉藤由貴のようだ…)
そして、母は私に言った

「お姉ちゃん、すごいの。台所の流しもそのまま、洗濯物も畳まず山よ~」
「これじゃあ、時々様子を見に行かないと…」

え? 

何のために一人暮らしさせたの?

私はそう思ったものだ
母が我が家に来て、何も言わなかったことが救いだったかもしれない…

そして、姉は仕事が長続きせず(資格を活かして子ども関係ではある)、
私立保育園を辞めた後は、
ベビーシッター、学童、保育所…
と定まらなかった

ベビーシッターの時はかなりキツイ生活だったはずが、
しょっちゅうTDLに行っていた

そのあと、マンションの管理費等滞納していることが分かった…
母が全部まとめて払った

借金していることも分かり、
それも母が立て替えて払った…

私から考えてみれば、
いい年した娘のために…?と思った

そして、最終的に姉はうつになり、
借金、管理費等の滞納、無職…で実家に呼び戻されたのだった…

それでも姉の気分屋は変わらない

気分が良ければ話し、気分が悪ければ一切会話しない
家族だからだと思うけど、
自分の意見を押し付けるところもあるし、
ジャイアンと同じマイペースだ…

最近、娘2人を連れて実家に食事を食べに行った時、
(火、木は実家で食べると決まっている)
食卓はお葬式のようにしーんとしていて、
私が気を使って娘たちに話しかけていた…

ここでもジャイアンがいるときのように
気を使わないと時間を過ごせないのは、
彼女たちに申し訳ない…
そう思ったから…

つづく…





ACの話 ②

ジャイアンの嫌なところいっぱい書いたけど、
私もACだから、
気づいたことがある… 

それは食事を作る時の話
未だに献立が立てられず、
ふらっと買い物にも行けない私…

最初、100パーセント家族が喜ぶ献立を立てて食べてもらおう…
完璧子で頑張りすぎてた

自分が何を食べたいのか…わからなくなっちゃったし、
調理することに面白味を感じなくなってきた…

でも、文旦を食べようと誘うジャイアンと同じ気持ちだったのかもしれない…

ジャイアンは文旦を食べようと誘ってやってるんだから、
しかも皮もむいてやるんだから…

って感じだね 

私は料理を作って自分の家族に認められたかった
美味しいって喜んで食べてもらいたかった(好みは人それぞれなのに)
それを「私が一生懸命作ったんだから、食べな…」って感じかな… 

いい迷惑だよね…
多分この時の私は、
相手の気持ちなんて全然理解できてないから、
押し付けもいいとこだ… 

一生懸命やってるところを
ただ認めてほしかっただけなんだ…
母に認められなかったから、自分の家族に…

うわ~、最悪だね~ 

カウンセリングで、
作れないかもしれないけど、
スープを作ってみようと思って買い物に行った
お店で苦しくならなかった
それどころか、楽しくてワクワクした… 

そう話したら、
そのスープの話は大切なことだと言われた

相手のことよりも自分がどうしたいか…
それが相手のことしか考えなくて、苦しくなっちゃったんじゃないの?

はい、その通りです 

主婦は残り物食べるのは当たり前…って思っていたし、
食材は無駄にしないようにしよう
折角宅配してもらってる有機野菜だからきちんと食べきろう…
ここにも完璧子が…

ジャイアンはここにも口を出してくる
「早く食べた方がいいんじゃないの?」
って…
無駄にすると「早く食べないからだよ」  責められているように感じる私 
そして、作ったものがいたんでそうだと、
「mercyちゃん、いたんでるものは捨てちゃいな…」
料理を作っていた頃は、
私が作ったんですけど…
と思っった、そして、
作った料理から、
人間として存在してることまで否定されている気持ちになった 

有機野菜だけは素材の味を大事にしたいって思ったんだ
だったら、なんでその信念を相手のこと考えて曲げてしまったのだろう…

生命をいただいて、
そのいただいた物から私たちの体はできている…

そう考えたら、
素材の味を感じること(苦くても、酸っぱくても、青臭くても…)
素材の味を感じて食べることは贅沢な食事だ…
その考え方は間違ってはいない 


認められることが大事なんじゃなくて、
私が一生懸命作ることが大事なのではなくて、
生命をいただく行為が大切なこと…


そこに家族の会話という彩りを加えたら、
贅沢以上の食卓… 

ま、今そう思ったから、
それでいっかぁ…

前向きに悩んでみました!!